暗部の一夏君   作:猫林13世

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並大抵では砕けませんけどね……


心を砕く

 かつて篠ノ之道場があった場所に連れてこられた箒は、何故自分がこのような事になったのかと考え、一つの結論を導き出していた。

 

「(よもや父上ともあろうお方が、一夏の世迷言に惑わされたとでもいうのか……やはりあいつは私がこの手で矯正するしかないのか)」

 

「何を勘違いしているのかは知らないが、私は自分の意思でここにいるのだ。決して一夏君に何かを言われたからではない」

 

「ですが、父上は基本的に子育てには干渉しなかったではないですか。それを今更このような形で私を指導するなど、一夏に何かを言われたからと疑って当然だと思いますが」

 

 

 箒の返しに、柳韻は顔を顰めた。確かに子育ては妻に任せきりで、自分が教えた事と言えば剣道くらいしかない。それを今更と言われてしまえば、柳韻に返す言葉は無かったのだった。

 

「お前には剣道を通じて心を鍛えてほしかったのだが、一夏君に執着するあまり歪んでしまったようだな」

 

「何を言っているのですか。私は何も歪んでませんし、間違っていません」

 

「では、穏健派の方々を大量虐殺した事も間違っていないというのだな?」

 

「一人二人殺したら犯罪かもしれませんが、相手は犯罪組織の人間。見方を変えれば危険思想を持つ集団を片付けたのですから」

 

「お前にその権利があったと主張するのか」

 

「権利など必要ないと思いますが。ある一辺から見れば大量殺人かもしれませんが、ある一辺から見れば英雄的戦果だと思いますが」

 

「自分を正当化する術は長けているようだな……呆れを通り越して賞賛すら送りたくなる」

 

 

 何を言っても無駄だと理解した柳韻は、立てかけてあった竹刀を箒に持たせた。

 

「何を?」

 

「その性根を叩きなおしてやる前に、一度そのくだらない考えを完膚なきまでに叩きのめさなければいけない。怪我をしても恨むなよ」

 

「父上の方こそ、もう年なのですから。何時までも昔みたいに動けると思っているのでしたら、怪我をするのは父上の方だと思いますけどね」

 

 

 絶対的な自信があるのか、箒はそのような強気な発言をする。柳韻は何も答えず、静かに構え、箒もそれ以上何も言わずに構えた。

 

「「ッ!」」

 

 

 一瞬の交錯ののち、人が倒れる音が道場に響き渡った。

 

「なぜ……」

 

 

 自分が倒されたことが意外だと言わんばかりの口調に、立っている方も苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「それがお前の実力だと言う事だ。ISなどという玩具を手に入れ、粋がって訓練を怠ったお前が悪い。これから二ヶ月弱、私が身体と共にその驕り昂った精神も鍛え直してやるので覚悟するように」

 

 

 柳韻はそれだけ告げると、さっさと立つように視線で箒を促し、その後何度も箒を打ち負かし精神的に追い込んでいったのだった。

 

「(何故勝てない……いくら父上とはいえ、十年以上経って強さを維持しているなど――いや、あのころから考えれば私も十分強くなっているはずだから、あの時と同じように強いと感じるということは、父上もまた成長していると言う事……)」

 

「やはり子供のころから私が精神鍛錬をさせていれば、そこまで傲慢にはならなかったのだろうな」

 

「ですから、私は何も間違っていない! 間違っているのは、この世界の方です」

 

「確かに、束が創り変えたこの世界は間違っているのかもしれない。様々な人の人生を狂わせ、世界の在り方を大きく捻じ曲げたのだから」

 

「ですから――」

 

「だが、それでも箒が正しいわけではないだろう。そもそも、どんな理由があろうと人を殺せば罪に問われる。一夏君が顔なじみの好で更生の機会を与えてくれたが、本来なら裁判抜きで死刑でもおかしくないことをしたんだ」

 

 

 柳韻の言葉に、箒は大きな動揺を覚える。

 

「そんな……一夏が私の事を顔なじみとしか思っていないなどとは……」

 

「……ショックを受ける所はそこなのか?」

 

 

 一夏から直接言われても動揺しなかった箒が、柳韻を通して言われたらかなりのショックを受けたようだった。

 

「単なる照れ隠しではなく、本気でそう思っているというのか……」

 

「そもそも、箒は昔から一夏君に付きまとい、周りから人を排除しようとしてたらしいじゃないか。そんな相手を幼馴染だと認める物好きは、私が知る限りいないと思うがね」

 

「そんな……一夏が私の事を幼馴染だと認めていないなどと……そんなことがあっていいのか……」

 

「箒、それが真実だ」

 

 

 酷な言い方だったかもしれないが、それが効果あったようで、箒はその場に膝から崩れ落ちた。本人から言われるより、父親から言われた方がダメージが大きい事に柳韻は驚いたが、これで箒の中にあった勘違いを正すことが出来ると一安心したのだった。

 

「さて、お前が言っていた『見方を変える』事をすれば、お前が今までしてきたことはなんだ? 幼馴染だから許されるなどと、勝手な理論を振りかざし一夏君にしてきたことは、いったいなんだ」

 

「………」

 

「最早何も返す言葉もないか」

 

 

 絶望感に浸っている箒に、柳韻は感情の読み取れない視線を向ける。

 

「今日はそのままそこで己の人生を振り返るんだな」

 

 

 それだけ言い残し、柳韻は道場から姿を消す。残された箒は、逃げようと思えば逃げられる状況だというのにもかかわらず、一歩も動こうとはせずその場に崩れ落ちたのだった。




ショックを受ける場所がおかしい……

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