一夏に促され教壇に立ったマナカは、ぐるりと教室を見回し、そして小さく頷いたのだった。
「それでは織斑さん、ご挨拶を」
「織斑マナカだ。ここで教師をしている織斑千冬、千夏姉妹、そして一夏お兄ちゃんとマドカの妹だ。織斑家末っ子で歳は十四。本当なら中学三年生なんだが、そこはマドカと同じく特別措置だと思ってもらって結構だ」
「マナカさんは一応、亡国機業のリーダーって事になってましたので、IS学園で監視するという名目で編入してもらいました」
碧の補足説明に、クラスメイトの大半は納得した表情で頷いた。
「小鳥遊先生」
「なんでしょうか、オルコットさん」
大半に含まれなかったクラスメイトの中で、セシリアが真っ先に挙手をして質問をする。
「亡国機業のリーダーということですが、何かしらの制裁は受けたのでしょうか? 三年のダリル・ケイシー先輩や二年のフォルテ・サファイア先輩は一夏さんたち更識家が制裁を与えたとお聞きしましたので納得はしましたが、マナカさんにも当然制裁は与えるのですよね?」
「その辺りは更識君から説明があります」
碧は視線で一夏を促し、それに応えるように一夏は小さく頷き、立ち上がろうとして碧が手を貸した。
「俺もまだ完全に回復した訳じゃないが、マナカは既に制裁を受けているんだ」
「それはどういう意味ですの?」
「超高速移動中にISの制御を失い、ビルに突っ込んでまだまともに歩ける状況ではないはずなんだが……俺よりも回復が早いためか、普通に歩いてるのでそうは見えないだろうが、既に痛い思いはしてるから、今はそれで納得してくれ。卒業後は更識が責任もって監視するので、おびえる必要も無いし、本人にももう敵対する意思は見られない」
「お兄ちゃん、やっぱりまだ一人じゃまともに動けなかったんだ」
「日常生活には支障ないんだが、さっきみたいにたまにふらつくことがあるくらいだ」
マナカの心配そうな眼差しに、一夏は苦笑いで応えた。
「ですが、亡国機業のリーダーと言う事は、様々な犯罪行為をしてきたわけですわよね? その事についてはおとがめなしですの?」
「この後から、七泊八日の織斑姉妹との同居生活が待っているから、それで勘弁してもらう事になっている」
「あぁ……ご愁傷様としか言えませんわね」
IS学園に在籍している人間なら、織斑姉妹の本性を知っている。なのでその罰がどれほど苦痛であるかを、クラスメイト全員は知っているのだ。
「捕捉しておくと、あの二人は既に、マナカでも興奮出来るからな。無事に帰ってくるんだぞ……」
「ちょっと!? お兄ちゃん、怖いんだけど……」
妙に実感の篭った言葉に、マナカは震えあがったのだった。
「さて、他に何かあるか?」
「じゃあ一つだけ。私たちはなんて呼べばいいのかしら? 普通にマナカさんと呼んでも問題ないのかしら?」
「あぁ、静寐は知ってるんだっけか……もうあの時のような牙は無いから、普通に呼んでも問題ないぞ。本音なぞ、既に仇名で呼んでるくらいだから」
「マナマナの席は何処になるのかな?」
「……な?」
「さすが本音、って事で納得しておくわね……では、マナカさんはボーデヴィッヒさんの後ろの席ね」
静寐に案内され、マナカはラウラの後ろの席、つまりマドカの隣の席に腰を下ろした。
「うむ、ちっちゃい教官が揃ったな」
「「ちっちゃいって言うな!」」
「背が低いのがコンプレックスのようだから、その事は言わないでやってくれ……てか、マドカもかよ……」
やはり双子かと、一夏は深いため息を吐いたのだった。
午前中の授業を済ませ、マナカはクラスメイトに囲まれていた。
「マナカさんって、やっぱり頭いいんだね」
「さすが大犯罪組織のリーダーって感じだよね~」
「それと頭がいい事と何の関係があるのよ」
これほど人に囲まれた経験のないマナカは、困り果てたような表情で誰かに助けを求めようとして、人垣の隙間に一夏を見つけサインを送った。
「(お兄ちゃん、助けて)」
瞬きでモールス信号を送ると、一夏はやれやれとため息を吐いて立ち上がりこちらに移動してきた。
「ほら、マナカが困ってるから一斉に話しかけないでやってくれ」
「あっ、ゴメンねマナカちゃん。でも、こうやってクラスメイトが増えたわけだし、私たちとしても仲良くしたいからつい」
「う、うん……大丈夫」
「てか、昼休みは職員室に行くんじゃなかったのか? 駄姉コンビが待ってるんだろ?」
「忘れてた……行きたくないよ……」
「一応罰則なんだから、諦めて行ってくれ……じゃないと、マナカを罰しなければいけなくなるからな」
織斑姉妹が責任もって面倒を見る、と言う事で各国に納得してもらっているので、それを怠ればやはり別の罰を与えなければならなくなるのだ。
「またね、お兄ちゃん……」
トボトボと背中を丸めて歩いていくマナカを見送り、一夏は急に立ちくらみに襲われ、バランスを崩しかけた。
「おっと?」
「大丈夫ですか、一夏さん」
「あぁ、悪いな、美紀」
「いえ、護衛として当然です」
「ほえ? 何で私を見たの、美紀ちゃん?」
「何でもないよ」
同じ護衛なのにと思ったことは言わずに、美紀は苦笑いだけを浮かべたのだった。
行き過ぎたブラコンは、行き過ぎたシスコンでもありますからね……