人の足音が聞こえ、箒はもぞもぞと起き上がる。食事以外にすることがない現状で、暴れる事以外に出来る事と言えばふて寝くらいであった。
「もう飯の時間か?」
時計も無く、外も見えない状態では時間感覚が麻痺してしまうのも仕方ないが、その状態の箒でも、いささか早すぎると感じていた。
「一夏か、ようやく私を助ける気になったのか」
部屋に入ってきた人物を見て、箒はそんなことを言う。自分が悪い事をしたという自覚がないので、この現状は不当であると訴え続けているのだから、そんな勘違いも仕方ないのかもしれない。
「俺はある人をこの場に連れてきただけだ」
「ある人? いったい誰だというんだ」
あくまで強気な態度を崩さない箒ではあったが、一夏が横にずれ招き入れた人物を見て、思わず息を呑んで固まってしまった。
「な、何故貴方がこんな場所に……」
「どうやら私は、お前の育て方を間違えたようだな。中学女子剣道大会で優勝したと聞いた時は嬉しかったが、まさか犯罪組織に身を落とし、あまつさえ大量殺人を働いたと聞かされた時は、何かの間違いだと思ったよ」
「私は殺人などしておりません」
「一夏君からお前がしたことを全て聞かせてもらったよ。いい加減認めたらどうだい?」
「ですから、それは一夏が勝手に言っている事であって――」
「そうか……一夏君、ここからは私と箒だけにしてくれないか」
「分かりました。一応監視は続けますが、行き過ぎない限り、こちらから干渉する事はありませんので」
「すまない……こんなことを頼める立場ではないことは分かっているのだが、せめて娘に現実を教えてやることは親の仕事だからね」
一礼して一夏が部屋から去っていくと、柳韻は先ほどまでの穏やかな雰囲気から一変、あの織斑姉妹ですら恐怖する師範の顔になった。
「箒、お前がしてきたことは紛れもない犯罪、しかも殺人だ。普通であれば捕まった時点で死刑だろうが、一夏君が各国首脳に無理を言って身柄を更識が引き受けているんだ」
「死刑? 私は別に悪い事をした覚えはありません。犯罪者を一掃したに過ぎません」
「それは誰に命じられてやった? 国か?」
「いえ……」
「例え犯罪組織の人間であろうと、独断で殺していいわけではないのは分かるな」
「ですが」
「口答えするな!」
なおも屁理屈を捏ねようとした箒に、柳韻のカミナリが落ちる。さすがの箒も、柳韻のカミナリには抵抗出来ないのか、背筋を伸ばし押し黙った。
「この場でお前を処分する事は容易い。だが、お前一人の命でお前が殺めた命の分の罪を相殺する事は出来ない。一夏君は私にお前の再教育を任せてくれるそうだ。それでもお前の性根が治らないようなら、処刑もやむなしだと言っている」
「アイツに何の権限があってそんなことを……」
「知らないのか? 一夏君は更識家の当主で、各国首脳にも顔が利く。本来なら親の教育不足として、私も処分されるべきなのだろうが、特殊な状況を鑑みてこのようなチャンスをくれているんだ。みっちりと鍛え直してやるから、覚悟しておくのだな」
「待ってください。何故私が父上に指導されなければならないのですか。悪いのは一夏で、私は何も――」
「そうやって責任を全て彼に押し付けてきたんだろ。それが間違っていると何故わからない」
もはや怒る価値もないと判断したのか、柳韻は情けないと嘆くだけで箒を怒ったりしなかった。まさかここまで身勝手な思考を身につけているとは思っていなかったのだろう。
「お前の矯正期間は二ヶ月、それでまともな思考にならなかった時は、私も合わせて処分されようではないか」
それだけ言い残して、柳韻は監禁部屋を後にした。残された箒は、何故こんなことになったのかと、自分の行為を思い返していたのだった。
一夏が待つ応接室へ足を運んだ柳韻は、IS学園に来た時よりも老けて見えるくらいやつれていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ……まさかあそこまで身勝手に育っているとは思ってなかったからね……小学五年の時に離れ離れになり、どんな風に成長したのかと思っていたが、まさかあそこまでとは……」
「なまじ能力があったからこその勘違いなのでしょうね。武力においては、専用機を持たない生徒の中では上位ですし、生身の戦闘なら全校生徒の中でも上から数えた方が早いでしょう」
「君にそう言ってもらえてるのに、あの子は何が気に入らなくて犯罪者になってしまったのか……」
「その辺りは自分より、他の人に聞いた方が分かりやすいと思います」
一夏は話題を打ち切り、柳韻に箒の身柄を預ける書類を差し出し、後は柳韻のサインが済めばいつでも身柄を引き渡せると説明した。
「何から何まで、迷惑をかけて申し訳ない。必ずや更生させ、世界の為に働かせると約束しよう」
「無理はなさらないでください。本当なら、篠ノ之を処分すれば丸く収まるのを、昔馴染みとして最後のチャンスを与えただけですので。ダメなら、さっさと処分しますので、柳韻さんも手が付けられないと判断したのであれば、いつでもご連絡ください」
「ああ、無理はしない。だが、これでもあの子は私の娘だからね。最後まで諦めないつもりだ」
そう宣言して、柳韻は書類にサインをする。それを受け取り、一夏は碧にその書類を手渡し、箒の身柄を柳韻に引き渡す準備に取り掛かったのだった。
せめてもの情けですね……