箒の行方を捜していたマナカが、気まぐれで開いたオークションサイトに、目を疑うようなものが販売されていた。
「お、お兄ちゃん! これ見て!」
「ん? ……何だこれは」
そこに出品されているのは、まぎれもなく一夏の写真だ。しかもその服装はほぼ裸の物から、一番厚着でも上半身裸という実に頭の痛い写真だった。
「そこじゃないよ! 落札価格」
「は?」
一夏は写真の方で頭を押さえていたのだが、マナカが問題視したのは出品されているものではなく落札価格だったようだ。
「えっと……一枚三百万? 何の冗談だ?」
「まったくだよね。三百万なんて安過ぎるよ!」
「えっ、そっち……」
たかが写真に三百万も出す物好きがいるのかと驚いた一夏だったが、マナカが怒っているのは落札価格が安過ぎるという事だった。
「出品されてるだけでも腹立たしいのに、こんな安値で買われるなんて、お兄ちゃんに対する侮辱だよ」
「美紀、このサイトの運営に連絡をして、落札者と出品者の情報を貰えないか問い合わせてくれ」
「かしこまりました」
暴走気味のマナカを放置し、一夏は美紀に指示を出す。
「この写真はマナカが保管していたものなのか?」
「この程度のは盗まれてもいいからってロックを掛けてなかったけど、確かに私のお兄ちゃんコレクションの一部だよ」
「と言う事は、恐らく出品者は篠ノ之だろうな。活動資金に困ったからと言って、こんな写真で儲けられるとでも思ったのだろうか……まぁ、こんなのに三百万も出す物好きがいたようだが……」
「私だったらスタート価格は五百万からだね」
「そんなの誰も買わないだろ……」
「でも、お兄ちゃんの半裸体を引き渡すんだから、それ以上は絶対だよ! 全裸体はスタートは一千万以上は確実だけど」
「何でそんな写真を持ってるんだよ……」
「物心ついた時から、私はお兄ちゃん専門のカメラマンだから」
「……そんな時から監視衛星をハッキングしてたのかよ」
マナカが物心ついたころと言う事は、一夏もまだ記憶を失う前で、今みたいに黒い事も平気でするような性格ではなかったのだろう。そんな時からストーカーされていたと知って、一夏は今更ながらに自分の周りには変態しかいなかったと言う事を自覚した。
「刀奈さん、織斑姉妹をここに連れてきてください」
「いいけど、何かあったの?」
「いえ、恐らく落札者に心当たりがあるのではないかと」
「了解、ちょっと待っててね」
刀奈が織斑姉妹を呼びに行ったのを見計らい、マナカがもっともな事を言う。
「でもお兄ちゃん、あの二人にこれだけのお金があるとは思えないんだけど。最安値で三百万だし、いくらISで一世を風靡したとはいえ、あの酒癖と浪費壁を考えるとあの二人はあり得ないよ」
「だとすると、もう一人の変態か?」
「篠ノ之束なら、この程度の写真で満足するとは思えないけどね……あの人のコレクションにも興味はあるけど、この程度なら篠ノ之箒も持ってたし」
「はっ? 束さんだけじゃなく、篠ノ之もこんな写真を持ってるのか?」
「悔しいけど、私でも撮れなかったお兄ちゃんの下半身のアップ写真は、一億くらい出してでも手に入れたいと思ったもん」
「お前の金銭感覚にも驚きだが、篠ノ之にそんな写真撮られてた自分にも驚きだ……」
下半身のアップ写真に一億も出す妹にもビックリだが、そんな写真を大事に持っていて、しかも自慢げにマナカに見せた箒に一夏は本格的に恐怖を抱いたのだった。
「一夏がお姉ちゃんを呼んでいると聞いて!」
「さぁ一夏! お姉ちゃんに何を聞きたいんだ?」
「何故私まで連れてこられたんでしょうか」
「何を言う! 一夏とマナカがいるんだから、後はマドカがいればこの場所は私たちの桃源郷となるではないか!」
「早速鍵を掛けてわたしたちだけの空間に――」
「あの、私もいるんですけど」
背後から刀奈が声を掛けると、千冬と千夏はおよそ人が出来無いような目を刀奈に向ける。
「空気を読んでどこかに行ったらどうだ、更識姉?」
「そうだな……閻魔大王と行く二泊三日旅行とかどうだ?」
「そんな恐ろしい事言わないでくださいよ! 一夏君、織斑先生たちがいじめる~」
「……話が進まないので、今はスルーしますが、後でじっくりとお説教させていただきますので」
一連の流れに対するツッコミを諦め、一夏はさっさと本題へと入ることにした。
「これを見てください」
「こ、これは!」
「オークションは終了しました、だと……何故教えてくれなかった!」
「見てほしいのはそこではなく、この写真を買いたがる物好きに心当たりはありますか?」
「お前は自分の評価がどれくらいか知らないのか? お前の写真なら、普通に立っているだけの物でも百は下らないんだぞ」
「何だそれは……」
衝撃の事実に、一夏は眩暈を覚えその場に突っ伏したい気持ちに駆られた。
「一夏さん、運営サイトに確認しましたが、出品者はSHというハンドルネームと言う事しか分かりませんでした」
「SHは篠ノ之箒の亡国機業での名前よ。これで篠ノ之箒の足取りの手掛かりを得たわね」
マナカが小さく頷く横で、織斑姉妹は烈火の炎を纏ったような雰囲気を醸し出していた。
「あの馬鹿箒が……」
「アイツは、わたしたちの逆鱗に触れた」
「何で怒ってるんだ、この人たちは?」
「お兄ちゃんには分からないよ、きっと」
とにかく、箒が織斑姉妹を怒らせたと言う事だけは理解した一夏は、姿さえ見つければすぐにこの件は終わるなと確信したのだった。
怒るところはそこなのか……