マナカが組み上げていたシステムなどを全てコピーし、一夏たちに知られた可能性がある拠点を放棄したのは良かったのだが、新たな拠点を確保する術を箒は持ち合わせていなかった。
「あの拠点ではシステムを実行に移す事が出来なかったからな……かといってパスワードを考えている暇もなかったからコピーだけして飛び出してきたが、資金など私には無かったな」
着の身着のままで生活していたので、荷物が無いのは良いが、さすがに野宿する気は箒にも無かった。
「どこかの施設を襲撃しアジトにするか? いや、そんなことすればすぐに居場所がバレる……なら、独立派が使っていた廃墟ならどうだ? ……雨風を凌ぐには申し分ないが、あの場所にはコンピューターが無かったな」
せっかく盗み出したデータも、コンピューターが無ければ意味がない。箒は自分の計画性の無さに苛立ちを覚えた。
「何故もう少し計画を立ててから動かなかったんだ、私は……目障りな織斑マナカが重傷を負った時点で、一夏を私の物にしてしまえばよかったのではないか。一夏も重傷を負ってまともに動けなかったんだから、いくらでも連れて行くチャンスはあっただろうに……」
あの周辺には刀奈や束もいたが、相手が一人なら逃げ切る自信はあった。最悪一夏を人質にしてそのまま逃げれば相手は手を出す事は出来なかっただろうと、今更ながらに箒はせっかくのチャンスを不意にしてしまったと後悔したのだった。
「過ぎてしまった事は仕方ない。とりあえず今は、このデータを使えるようにしなければな……」
箒は必死にコンピューターがある場所を考え、何処に隠れれば束に見つかることなく生活出来るか検討し始める。
「漫画喫茶は論外だ。あんな場所、すぐ姉さんに見つかってしまう。やはりどこかからコンピューターを盗み出して、回線をつなぐしかないか……だが、盗み出すことは出来ても、回線をつなぐことは私には難しい……」
始める前から計画が頓挫してしまい、箒は立ち往生してしまったのだった。
ベッドに横たわる一夏の真横に、音もなく一人のマッドが現れマドカを驚かせていた。
「束様!? せめてドアから入って来てくださいよ」
「やっほー、マーちゃん。緊急事態だからショートカットさせてもらったよ」
「貴女が大天災・篠ノ之束ですか」
「君が織斑家の末っ子、織斑マナカちゃんだね。はじめまして、天才束さんだよ~」
束の、ある意味いつも通りの挨拶をスルーして、一夏は束がこの場に現れた理由を問うた。
「それで、扉から入ってくる間も惜しんだ理由を教えてもらえますでしょうか」
「そうだった。マナカちゃんのラボに侵入してみたんだけど、既に箒ちゃんが何かをしでかした後だったんだよね」
「何かとは?」
「たぶんデータを盗み出そうとしたんだろうけど、あのロックを外せたとも思えないんだよね。実際、抜き出された形跡もなかったし」
「それなら、篠ノ之がその施設を破壊するなりしたと思うのですが」
「うん。だからたぶん、箒ちゃんはデータを抜き出したんだと勘違いしてると思うんだよね。マナカちゃんが仕掛けた罠にまんまと嵌まって」
「罠?」
一夏はマナカに視線を移し、罠の詳細を尋ねる。
「USBなりなんなりにデータを抜き出そうとした相手の位置を追跡できるようにプログラムしておいたの。抜き出そうとした本人には、データを盗み出せたと勘違いさせる偽装もしてあるから、お兄ちゃんやこの人じゃなきゃ気づけないと思う」
「この人じゃなくて、束さんだよ、マナちゃん」
「ま、マナちゃん!?」
「あまり気にするな……それで、篠ノ之がデータを盗み出そうとしてたのなら、そのプログラムを追えば現在地が分かるというわけか」
「残念だけど、束さんにはそのプログラムがどんなものか分からなかったんだよね。マナちゃんが自分でプログラムを起動して、箒ちゃんを追跡するしかないよ」
「ごめんなさい、現状では操作出来ません」
「かなりの重症だもんね~。いっくんが庇ってくれたからまだマシだけど、あのスピードであの衝撃なら、マナちゃんの身体なら一生動けなくなっててもおかしくなかったし」
「私が身を挺して一夏さんとマナカさんを庇ったお陰ですね」
「お前はまた……」
いきなり人の姿になり胸を張る闇鴉に、一夏はため息交じりにツッコミを入れた。
「ところでマドカ。織斑姉妹は大人しくしてるのか?」
「それは……」
急にふられ、マドカはどう答えるべきかに迷ってしまった。だが、マドカが何かを言う前に、束が口を滑らせてしまった。
「ちーちゃんとなっちゃんなら、いっくんに危害を加えようとした箒ちゃんを探すって許可も取らずにISで飛んで行っちゃったよ」
「学園の仕事はどうするんですか……」
「愛玩眼鏡っ子に押し付けてたけど」
「またあの二人は……マドカ、織斑姉妹の給料の何割かを、山田先生に振り込むように指示しておいてくれ」
「わかりました、兄さま」
職務放棄した二人の代わりに倍以上の仕事をこなさなければならなくなった真耶に、一夏はせめてもの罪滅ぼしとしてそう指示したのだった。
人外頭脳の持ち主三人が一ヵ所に……