ISのコントロールを失い、衝撃で意識を失っていたマナカが目を覚ましてまず思ったのは、ここは何処だと言う事だった。自分は一夏と箒が戦っている場所に向かい、そして箒に粛正を与えるつもりだったのに、視界に入ってきたのは見覚えのない天井だったのだから仕方ないのかもしれない。
「ここは……」
「目が覚めたかな? 織斑マナカちゃん」
「誰だ! ぐっ!?」
「はいはい、まだ動かないの。いくらいっくんが受け止めてくれたからって、君は相当なダメージを身体に負ったんだから」
「お兄ちゃんが……」
自分の身に何が起こったのか思い出したのか、マナカは悔しそうに唇をかみしめた。
「動揺した所為でISの制御を失うなんて、滑稽な話よね」
「全くその通りだね。束さんに匹敵する頭脳と身体能力の持ち主だっていっくんから聞いてたけど、過大評価だったみたいだね」
「言い返せないのが悔しいけど、実際そう思われても仕方ない失態を見せたんだから言い訳はしないわ。それで、私は貴女に捕らわれたって事でいいのかしら?」
「本当なら解剖して頭の中を覗きたいんだけど、いっくんから手を出すなって言われてるから何もしないよ」
自分の身の安全を一夏が保障してくれたと、マナカは嬉しい気持ちになったが、すぐに先ほどの束の言葉を思い出した。
「お兄ちゃんが受け止めてくれた? 確か私はビルに突っ込んだ気が……もしお兄ちゃんが受け止めてくれていたのなら、お兄ちゃんは私とビルに挟まれたことになる?」
「その通りだね。いっくんは君を庇って重傷を負った。幸いなことに意識がはっきりしてたからよかったけど、下手をすれば死んでたかもしれないんだよ」
「私が、お兄ちゃんに怪我を……」
「君の身柄は束さんが一時的に預かり、多少回復したら更識に引き渡すことになっている。意識もはっきりしてるし、後は更識に任せるから」
「待って、私は…どれだけ気を失っていた?」
「君がいっくんと衝突したのは、三日前だよ。いっくんも一時は意識不明に陥ったけど、今は意識もはっきりしてるから、そこは安心して良いよ。ただし、全身を強打してるから、歩くことは出来ないけど」
「それは、治るの……?」
もし一夏の脚を奪ってしまったのならと、マナカは顔面を蒼白にして束に問いかける。
「いっくんも束さんと同じで、驚異的な回復力の持ち主だから、恐らくは大丈夫だと思うよ。ただ、そんな回復力を持っていても、三日では全快とはいかないみたいだけどね」
どこかに連絡を入れた束から視線を逸らし、マナカは自分を責め続ける。自分が油断したから、箒などに任せたからなど、後悔が頭の中を支配していく。
「惨めね……」
そう呟き、マナカは再び意識を失ったのだった。
次にマナカが目を覚ました時、隣に暖かい気配を感じた。その気配は、マナカがずっと手に入れたかったものだった。
「お兄ちゃん?」
「目が覚めたか」
「お兄ちゃん、大丈夫なの! いたっ!」
「まだ起き上がれないんだから無理するな。まぁ、人の事を言える状態じゃないんだがな、俺も」
自分と同じようにベッドに横たわっている一夏を見て、マナカは涙を堪えられなくなってしまった。
「ごめんなさい……私が油断したから……私が篠ノ之箒なんて手駒にしたから……お兄ちゃんに傷を負わせてしまった……」
「好きで庇ったんだ、マナカが気にする事じゃない」
「でも!」
「少しは落ち着いたらどうですか」
マナカは、声を掛けられて漸く第三者がいる事に気が付いた。慌てて声のした方に視線を向けると、そこには自分に似た少女が立っていた。
「織斑マドカ……」
「本当なら姉さまのどちらかが訊問するはずだったのですが、兄さまが姉さまたちを立ち入り禁止にしたために私が」
「訊問……何もかも失ったに等しい私に、何を聞きたいのかしら?」
「貴女の真の目的と、篠ノ之箒の行方」
マドカの言葉に、マナカは鼻で笑った。
「真の目的など無いわよ。ただ、お兄ちゃんと一緒にいたかっただけ」
「それで兄さまの周りを排除しようとしたのですか? その事で兄さまに嫌われるかもしれないのに」
「私はただ、取り戻そうとしただけよ。お兄ちゃんと過ごせるはずだった時間を、お兄ちゃんから向けられるはずだった愛情を」
「……私も似たような環境で育ったのでとやかく言えませんが、貴女は狂っている。すべてを排除して、兄さまから愛されると本当に思っているのですか?」
「なら、どうすればよかったのよ! 私からお兄ちゃんを奪った屑親たちは死に、この恨みをぶつける相手がいなくなったのよ!! やり場のない怒りを晴らすには、もう世界を恨むしかなかった」
「私も亡国機業で育ち、姉さまや兄さまたちと比べられ恨みもしました。ですが、そんな私を兄さまは優しく迎え入れてくださいました。貴女も世界を恨むことをせず、素直に兄さまと向かい合えばよかった。周りを排除するのではなく、自分もその輪に入ろうとすればよかった」
「そんなこと出来ないわよ。私は昔から、周りを切り捨てて生きてきたんだから……貴女みたいに屑親から見限られて自由に出来たわけじゃないのよ……篠ノ之束を超える頭脳の持ち主だと言われ続け、期待されてきた。プレッシャーから逃げ出すことも出来ず、人格を歪めてまで研究してきたの。どうやって周りと仲良くすればいいのかなんて、私は知らない…分からない……」
「とりあえず、俺もマナカも回復する事を優先して、後の事は回復してから話し合えばいい。マドカも、それでいいな?」
今まで黙って聞いていた一夏が口を挿むと、マドカは素直に一夏の言葉に従った。
「私は、兄さまがそれでいいと仰られるのでしたら」
「そうか。マナカも、それでいいか?」
「……うん」
自分も人並み外れた回復力を持っていると自覚しているマナカだが、それでも回復が間に合わない程のダメージを負い、そして一夏に負わせてしまったのだという思いが彼女の中を支配し、そう答えるだけで精一杯の印象を与えていた。そんなマナカに、一夏はどうする事も出来なかったという自責の念を感じていたのだった。
双子の姉に諭されるマナカ……