一夏と箒が一発触発の空気になっているのを見ていたマナカは、慌てて自分も出撃の用意をしていた。
「あの馬鹿、お兄ちゃんに傷でもつけたらただじゃ済まさないって言ったのに!」
一夏も挑発するようなことを言っていたので、箒の頭に血が上っても仕方ないのかもしれないが、それでもマナカにとっては一夏を傷つけるものは許せないのだった。
「今から向かっても、恐らくは戦闘開始には間に合わない。でも、まだお兄ちゃんが挑発を続けてる最中だから、あの馬鹿が攻撃を仕掛けるまでは猶予がある。その間になるべく傍まで移動しておかないと、万が一お兄ちゃんが傷ついたら困るもんね」
無人機を連れて行くことも考えたが、今は一秒が惜しいので自分の機体のみでマナカはアジトから飛び立った。目的地はアジトから遠く離れた場所ではあるが、超高速移動にも耐えられる特殊設計と、Gに耐えうる訓練を重ねてきたマナカだからこそ扱える機体で移動すれば、十分もかからず目的地に到着する事が計算上可能なのだ。
「(十分も挑発が続くとは思えないけど、お兄ちゃんがあの阿呆に後れを取るとも思えない。穏健派のカス共を更識刀奈に任せたのだから、その救助が終わるまでの間はお兄ちゃんが阿呆を引きつけることが出来ると言う事。つまり、その間に私がお兄ちゃんの許にたどり着ければ、お兄ちゃんが怪我をすることも無いと言う事になる)」
高速で移動しながら、思考を纏め、マナカはレーダーで一夏たちの位置を確認する。
「(この動き……戦闘が開始したみたいだね。阿呆が一方的に攻め込むかとも思ってたけど、お兄ちゃんが上手く誘導して穏健派のカス共を逃がしている。それに気づけない辺り、やはりあれは阿呆と言う事ね)」
刀奈の動きもレーダーで確認しながら、マナカは箒に対する評価を下げる。冷静な判断が出来るようではあったが、目の前に一夏がいる時はやはりダメ思考なのかと。
「(後二分で到着する……戦況はお兄ちゃんが上手く立ち回って入るけど、どう見ても阿呆の方が有利。お兄ちゃんは本来戦闘要員ではないから、攻撃を裁いたりするので精一杯って感じだね)」
遠距離主体のサイレント・ゼフィルスではあるが、箒専用に近接武器も積んである。今は一夏が間合いを十分に取って遠距離戦を繰り広げているが、少しでも間合いを詰めればあっという間に箒の間合いになりかねない。マナカは万が一の可能性に気持ちを逸らせ、いつも以上のスピードで一夏の許へ急いだ。
「(あと少し、あと少しでお兄ちゃんの姿が見えてくるはず)」
レーダーを確認しながら、いつも以上に掛かるGに耐えるマナカ。漸く一夏の姿を視認出来たので気が緩んだのかは分からないが、制御不能の文字が表示されマナカは冷静さを失った。
「(停まれない!? それほど負荷をかけたつもりは無いのに)」
普段の冷静さを保てていれば、この事故は防げただろう。いつも以上に急がなければ、制御不能に陥ることも無かっただろう。だがそれはすべて後の祭り。マナカは一夏と箒が撃ち合っている中心に飛び込んだ。
「何事だ!」
「あの機体……マナカか」
一目見ただけでISの制御を失っていると理解した一夏は、瞬間加速でマナカの機体の進行方向へ移動し、その機体を受け止めた。
「ぐっ……」
さすがの一夏でも、超高速で飛んできた機体を受け止めて無事で済むはずもなく、その勢いを殺しきれずに建物に衝突した。
「(これは、さすがにマズいな……)」
ISの絶対防御が働いたとはいえ、これだけの速度で物にぶつかればそれ相応の衝撃が襲ってくる。ましてや一夏は建物とマナカの機体に挟まれた状態なので、衝撃をどちらからも受ける事になったのだ。絶対防御が働いても無事で済むはずもない。
「一夏君、今の音は……一夏君っ!?」
「穏健派の人たちは……」
「篠ノ之博士に無事回収してもらったわ。今頃更識の屋敷で訊問を受けていると思うわ。それより、一夏君……」
「非情になれなかったみたいです……敵だって分かってたのに、身体が勝手に動いてしまって……」
「喋らないで! すぐに篠ノ之博士に連絡を」
「もう来てるよ。それより、この瓦礫を片付けてくれないといっくんを回収出来ない」
「分かりました」
強制解除されていないのを見るに、闇鴉のSEはまだ残っているのだろう。刀奈はそう思い込んで瓦礫の撤去を急いだ。
「(強制解除されていないって事は、一夏君が受けた衝撃はそれほど酷くないのかも。だけど、あれだけの音がしたんだから、無事では済まないんだろうな……)」
「ところで、箒ちゃんは何処に行ったのかな?」
「それどころじゃありませんよ。今は一夏君の救助が先です」
「いや、箒ちゃんがいるなら手伝わせようと思ったんだけど、どさくさに紛れてどこかに行っちゃったみたいだね」
「束さん、マナカの治療を先に……」
「はいはい、結局いっくんもシスコンなんだね」
「家系、何だから仕方ないでしょうが……」
「今は無理に喋らない方が良いよ。絶対防御があるからと言って、ISだって万能じゃないんだから」
束に注意され、一夏はそれ以上何も話さなかった。一夏の腕の中では、マナカが気を失いガックリとしているのが印象的だった。
どんな凄い人でも、焦っちゃダメですよね……