一夏に甘えた事で、マナカのやる気はさらに高まっていた。今までさほど本気で調査していなかった穏健派のメンバー探しにもやる気を出し、あっという間に見つけ出したのだった。
「これで、更にお兄ちゃんを手に入れる瞬間が近づく……待っててね、お兄ちゃん。お兄ちゃんを手に入れたら、毎日のように甘えてあげるから」
マナカが夢想の世界に旅立っている間に、箒がマナカの部屋にやってきた。
「呼ばれたから来たが、何かあったのか?」
「……はっ! 何故お前がこの部屋にいる」
「いやだから……呼ばれたから来たんだが」
箒の呆れたような言い方で正気に戻ったマナカは、穏健派のメンバーが映った映像を箒に見せる。
「コイツが逃げたメンバーの一人だ。こいつを追跡した結果、逃げ出したメンバーの内、ほとんどがこの地域に潜伏してる事が分かった」
「ほとんど? 全員ではないのか?」
「二人くらい見当たらないのよね。まぁ、そっちは引き続き探しとくから、あんたはこいつらを始末してきてちょうだい」
「ふふ、ゴミ掃除なら任せろ」
「(さすがは『箒』と名付けられただけあるのかしらね。ゴミ掃除とはなかなかの皮肉じゃない)」
「む?」
自分を見つめながら黙りこくったマナカに、箒は首を傾げる。
「私の顔に何かついているか?」
「鼻と目と口が付いてるわよ」
「何っ!? ……それは普通ではないのか?」
「ええ、だから問題はないわよ。それじゃあ、残りの二人はこっちで探しておくから、貴女は貴女の任務を全うしなさい」
「……イマイチ釈然としないが、こちらは任せてもらおうか」
「随分と頼もしい事を言ってくれるわね。貴女を拾ってよかったと思えるわよ」
マナカの皮肉に気づくことなく、箒は位置情報とメンバーの顔写真が保存されている端末を持って飛び立っていったのだった。
「頭は相変わらずだけど、ゴミ掃除にはうってつけよね、あのおバカさんは」
そう呟いて、マナカは残りのメンバー探しと並行して、一夏の盗撮を再開したのだった。
マナカが侵入してきたことを、何時までも黙っているわけにはいかないので、一夏は放課後、簪を伴って寮長室へやって来ていた。
「いや、違うんだ一夏」
「わたしたちも片付けようとしたんだが、何故か余計に散らかってしまってな」
「……どうする、一夏?」
足の踏み場もない寮長室に入った途端、織斑姉妹の言い訳が始まったので、簪は判断を一夏に仰いだ。
「とりあえず、このゴミ屋敷を片付けないことには、俺と簪の精神衛生上よろしくないからな……駄姉たちもしっかりと動いてもらうのでそのつもりで」
「だから駄姉というのは……」
「呼ばれたくなければ、呼ばれないように努めてください」
「むぅ……」
本気ではないが、怒っている一夏を逆撫でするのは避けるべきだと、千冬も千夏も重々承知している。今は呼ばれ方をとやかく言うよりも、これ以上一夏を怒らせなようにするべきだとアイコンタクトで意思疎通をして、渋々ながら部屋の掃除を開始したのだった。
「……何ですか、この布切れは」
「あぁ、それはパンツだ。洗濯しようと思ってそこに置いておいたのだが」
「確かその辺りにはブラもあった気がするんだが」
その言葉に、簪は慌てて一夏の手からパンツを取り上げ、その場所から移動させた。
「どうかしたのか、簪?」
「気にならないの?」
「何が?」
「いやだって……女性が使用した下着だよ?」
「駄姉たちの下着なんて、何度か洗濯したことあるし、山田先生から泣き付かれて部屋の片付けをした時に何枚か捨てたから問題ない」
まるで汚いものでも見るような目で、千冬と千夏の下着を見てため息を吐く一夏。それを見て少し安心した簪ではあったが、二人のブラの大きさを見て、思わず自分の胸に視線を落としてしまった。
「なんだ、更識妹」
「わたしたちの胸がどうかしたのか?」
「神様は理不尽だ……」
「「「?」」」
簪の零した愚痴に、一夏と織斑姉妹はそろって首を傾げた。
掃除を済ませ、溜まっていた洗濯物を洗濯機に突っ込んでから、一夏は寮長室を訪ねた本来の理由を告げた。
「実はこの前、織斑マナカが学園内に侵入してきた」
「なに、マナカが!?」
「だが一夏、わたしたちはマナカの気配を感じなかったが」
「偽の気配を纏っていたからな。俺も気づかなかったさ」
「ではなぜ、一夏はマナカが忍び込んできたことを知っているんだ?」
当然ともいえる千冬の疑問に、一夏は淡々と真実を告げる。
「マナカが忍び込んできた理由は、俺に会いたいという事だったからな」
「それだけか?」
「良く分からないが、散々甘えて行って満足したのか、特に何もせずに帰っていった」
「甘え、だと?」
「ああ。一緒にお茶飲んだり、お喋りしたりと、それだけだ」
一夏とすれば、特に何かをされたわけではないし、学園の機密データを盗みに来た様子もなかったので報告だけのつもりだったのだが、織斑姉妹にとっては、ただの報告だけでは済まなかったようだ。
「なんたるうらやまけしからんヤツだ」
「一夏と一緒にお喋りなど、わたしたちですら滅多に出来ないというのに」
「なぁ簪、この人たちは大丈夫なのか?」
「私に聞かないでよ。一夏のお姉さんなんでしょ?」
「なら簪は、刀奈さんの事を何でも分かるのか?」
「………」
一夏のカウンターに、簪は黙ってしまう。確かに実姉とはいえ、何でも分かるわけではないと理解した簪は、織斑姉妹の奇行をただただ眺めるしか出来なかったのだった。
この姉は大丈夫なのだろうか……