消灯時間になり、美紀以外が部屋からいなくなったのにも関わらず、一夏は無人機の巡回ルートの改善と、有人機をどう調達するかに神経を集中させていた。
「一夏さん、消灯時間ですよ」
「あぁ……もう少ししたら灯りを消すから、もうしばらく待ってくれ」
「ですが……最近無理し過ぎではありませんか? 今日だって、織斑マナカと対峙したんですし、知らず知らずの内に神経を摩耗させているはずです」
「大丈夫だ。それに、あまり悠長に構えてられる状況でもないしな。俺一人の神経で補えるなら、いくらでも摩耗するさ」
「ですが……」
確かに一夏の言う通り、あまり悠長に事を構えてられる状況ではないと言う事を、マナカに知らしめられたばかりなのだ。一夏が学園の安全の為に神経を摩耗させるのも仕方ないと言う事も、美紀には痛い程分かる。なぜなら、マナカが学園にやってきたのを知っているからだ。
「こんな時、手伝えることがあればいいのですが」
「プログラミング作業は簪や虚さんの領分だからな。美紀は気にする必要は無い」
「そうかもしれませんが、護衛以外で一夏さんの役に立てていないのが歯がゆいんです」
「そうか? 一学期は大分世話になったと思うんだが」
まだ箒が学園にいた時、一日一回は一夏に迫ってくる箒の所為で、一夏はほぼ毎日トラウマに怯えていた。その一夏の心を癒し、安心させていたのが美紀なのだ。一夏にとって、それはかなり助かっていた事であり、感謝してもしきれないほどの恩を感じている。
「ですが、敵となった篠ノ之さんに対抗する術を、私は見出せません……一人で戦って勝てると言い切れるほど、自分の実力を過信していませんし、篠ノ之さんも学園にいた頃より大分成長しているでしょうし……」
「それでも、俺は美紀の方が強いと思うがな。自分の実力を過信せず、相手を舐める事無く戦いに備えている時点で、篠ノ之とは比べ物にならないくらいの実力だと思う」
「そうでしょうか……篠ノ之博士から頂いた写真を解析して、穏健派の方たちを殺したのは篠ノ之さんであると判明しました。人を殺めたというのに、顔色一つ変えずにいられるあの人の心が、私は怖いと感じました」
「それが普通だろう。普通の人は、人を殺めるなんてことはしてはいけないと知っているし、やってしまった時には動揺だってするだろう。だが、篠ノ之は人としての感情が欠落したのか、人を殺めたとは思っていないようだ」
一夏の方でも写真の解析は進めていたので、報告を受けなくても犯人が箒であることは知っていた。そして一夏は更なる解析を進めており、殺める瞬間の写真も手に入れていた。
「映像を切り取った写真だから、口の動きを解析するのに手間取ったが、命乞いをする穏健派の人間を、篠ノ之は一切の躊躇なく殺している。まるで集って来る羽虫を払うかのように、一切の躊躇いなく」
「そうなんですか? その画像を見る事は出来ますか?」
「止めておいた方が良いだろう。あまりにもリアルで、そしてあまりにも残酷な画像だ。女子が見て良いものではない」
「私は、女である前に暗部更識の人間です」
「俺からすれば、暗部の人間である前に女子なんだよ」
そう言って一夏は、開いていた端末を閉じ、灯りを消した。
「どうかしたんですか?」
「交換条件だよ。俺は美紀に画像を見せたくない。だが美紀は見たがっている。だから、美紀の希望を断る代わりに、俺は我を通す事を止める。大人しく休むことにするよ」
「全然等価交換ではないと思うんですが……」
「なら、他に何を望むというんだ?」
一夏は、自分の方が価値が低いと考えているようだったが、美紀からすれば、自分の方が低いと感じていた。自分が画像を見ない分には、何の問題もないが、一夏が対策を練ることを止め、休むことを選べば、それだけ危険に曝される時間が長くなると言う事なのだ。
「……何でもいいんですか?」
「俺が出来る事なら、叶えよう」
だが、美紀はせっかくのチャンスを不意にするのをためらった。せっかく一夏が望みを叶えてくれると言ってくれているのに、それを無為に返すのはもったいないと。
「なら、久しぶりに一緒のベッドで寝てください」
「む……」
「望み、叶えてくれるんですよね?」
既に言質は取っており、一夏にしか出来ないことを要求する。何も男女の営みをしようと言っているわけでもないのだから、叶える事は実に簡単である。
「出来れば他の事に……」
「更識家の次期当主ともあろう御方が、前言を撤回するのですか?」
「むぅ……」
「何もしませんし、誰にも言いません」
「刀奈さんならともかく、美紀がそういうなら信じるが……」
「一夏さんの中で、刀奈お姉ちゃんはどんな存在なんですか」
「あの人の事だから、目覚めたら下着姿、とかありえそうだからな」
一夏が言った想像に、美紀は納得がいってしまった。
「確かに、刀奈お姉ちゃんならやりかねませんね」
「……本当に一緒に寝たいのか?」
「はい」
一点の曇りもない笑顔で頷く美紀に、一夏は困り果てた表情を浮かべた。だが、覚悟を決めたのか、大人しく美紀のベッドを指差した。
「美紀のベッドか? それとも俺の?」
「さすがに私が一夏さんのベッドに入るのは緊張しますので、私のにしましょう」
「何が違うのか、俺にはさっぱりなんだが」
「いいんですよ、一夏さんはそれで」
一夏を自分のベッドに招き入れ、狭いスペースを無駄にしないようにくっついて寝たお陰で、二人は少し寝苦しい思いをしたのだが、それ以上に美紀は幸せを感じた一夜だったのだった。
バットエンドは避けたいな……