一通り連絡事項を伝え終えた一夏は、監視モニターに視線を向け周囲の警戒を強めた。
「一夏さん、無人機の警戒ですが、普通の相手なら問題なさそうですが、そうですね……美紀ちゃんくらいの実力があれば、容易に抜けられそうです」
「そうでしょうね。碧さんも、スタート地からこの部屋まで、一度も無人機に見つかることなくやって来ましたし」
「今の状態のプログラムなら、三十通りくらいの抜け道がありますから」
「ほえ~……この前私もやったけど、あっさり見つかっちゃったのに~」
本音の言葉に、簪が呆れた顔でツッコミを入れた。
「本音と碧さんを同レベルに考えちゃ駄目でしょ……碧さんは美紀の師匠でもあるんだから、美紀のレベルでも十分なら、碧さんなら楽勝だよ」
「気配を消すのは、私より美紀ちゃんの方が上だしね」
「お姉ちゃん、隠れる気が無いからね……」
刀奈の言葉にも、簪は本音に向けたのと同じような顔でツッコミを入れた。実際刀奈も気配遮断は常人以上の練度はあるのだが、更識所属の中では本音の次に下手と言われている。その理由は、簪が言ったように隠れる気があまりないのだ。
「だって、私の居場所は常に一夏君に知ってもらいたいじゃない?」
「だからってアピールが露骨なんだよ、お姉ちゃんは……」
「お嬢様はお風呂やトイレの時ほど、一夏さんに気配を掴んでもらおうとしてますからね」
「そ、そんな事ないもん! いつもと変わらないもん!」
何だか脱線し始めた話題に、一夏はため息を吐いた。
「碧さんから見て、改善点などはありますか?」
「単純に数を増やせばいい、というわけではありませんし、プログラミングは私の専門外ですから大したこと言えませんが、やはり有人機も二十四時間欲しいですね」
「やはりそうですか……ですが、そこに割ける人員は……」
手練れである人間は、教員の仕事もある。それに加えて二十四時間体制の監視のローテーションを組むのは、さすがに難しい。かといって監視の任を優先する代わりに、教職の任を疎かにされては育つものも育たない。その事は一夏たちの頭痛の種であったのだ。
「スコールやオータムはどうなのです? あの二人なら基本的に暇ですし、監視の任くらいなら十分全う出来ると思うのですが」
「それはそうなんだが、あの二人に関してはまだ自由に動かれては困るんだよな……ダリル先輩やフォルテ先輩とは違い、各国との交渉も難航してるし」
「彼女たちは色々とやって来てますからね……その全てを更識で処断するのは難しいですし、遺恨もありそうですからね」
「特にイギリスは、サイレント・ゼフィルスを強奪されたことで、オータムに強い遺憾の意を示してますし、出来る事なら自分たちの手で処断したいと言ってきてるからな……」
「そうでしたか……やはり私程度の考えでは、兄さまの手助けなど出来ないのですね……」
しょんぼりとうなだれるマドカの頭を、一夏が優しく撫でる。
「そう気にすることは無い。マドカは精一杯俺の手伝いをしようとしてくれた、その気持ちだけで十分だよ。誰かみたいに、人の仕事を増やす事もしないしな」
そういいながら、一夏は寮長室へと視線を向けていた。
「姉さまたちも、頑張ればきっとちゃんと生活できますって」
「マドカ、思ってもない事を言うなら、せめて表情は作れ」
「ごめんなさい……」
顔が引きつっていたのが自分でも分かっていたので、マドカは素直に頭を下げた。それが一夏に対する謝罪なのか、千冬と千夏に向けての謝罪なのかは、この部屋にいる誰もが判断しかねたのだった。
「更識から人を呼びましょうか? 私の部隊でしたら、ある程度融通は利きますし、楯無様もこの事態は楽観視するべきではないと判断してくれるでしょうし」
「いくら更識の人間でも、IS学園には容易に派遣出来ませんよ。ここには更識の機密データ以外にも、色々と外部に漏らせない情報がありますし」
「あれ? でもそのほとんどは一夏君、閲覧してたよね?」
「さて、夢でも見てたんじゃないですか」
ふと思い出したように零した刀奈の言葉に、一夏は何時通りの表情で答える。学園のデータ管理も任されていた織斑姉妹に、その権限を押し付けられたなど、さすがの一夏でも言えなかったのだ。
「おかしいわね……絶対見てた気がするんだけど……」
「お姉ちゃん、もしかして歩きながら寝てたんじゃないの?」
「お嬢様なら、それも十分ありえそうですね」
「無いわよ! さすがに歩きながら寝るなんてこと、出来る人間は……」
言葉の途中で、何かに気付いたのか、刀奈は不意に視線をとある人物に向ける。
「ほえ?」
「いたわね、ここに……」
「本音は確かに歩きながら寝てたよね……」
「我が妹ながら、何故こうもぐうたらに育ってしまったのかと……」
「それはね~、私の周りのみんなが優秀だったからだと思うよ~? 私が何かをしなくても、誰かがやってくれるから、私はのんびり出来るんだよ~」
本音の最もな言い草に、一夏を含む全員が納得してしまった。だが、一夏の思惑通り、学園の機密データという微妙な会話内容から話題を逸らすことに成功したので、一夏は内心ホッとしていたのだった。
本音のまったりとした空気、意外と嫌いじゃないんですよね