暗部の一夏君   作:猫林13世

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彼女に緊張感は皆無なのだろうか……


緊張感の無さ

 一夏からマナカが侵入してきたという事実を聞かされたのは、刀奈たちが夕食を済ませお風呂で寛いで一夏の部屋に突撃した時だった。

 

「それで、なにもされなかったの!?」

 

「普通にお茶を飲みながらお喋りしてただけですので」

 

 

 現在一夏は、部屋付きのシャワールームで一日の汚れを落としている。なので刀奈の問いかけには、マナカが尋ねてきた時すぐ側にいた美紀が答えている。

 

「いっちーの淹れてくれたお茶は美味しいからね~。マナマナが飲みたくなった気持ちもわかるよ~」

 

「マナマナって……もう仇名を付けたんですか?」

 

「マドマドの妹さんなら、私にとってお友達だからね~」

 

「本音、一応彼女は敵対組織のリーダーと言うことになってるんだけど」

 

「かんちゃんは難しく考え過ぎだと思うけどな~」

 

「貴女が楽観視し過ぎなのです」

 

 

 虚に怒られ、本音は反省の色が見えない返事と態度で応えた。

 

「それで、美紀ちゃんから見て織斑マナカってどう?」

 

「全く気配を感じさせないでIS学園に侵入し、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めてきましたので、警戒度は最大ですね。織斑姉妹でも対応出来るかどうか……」

 

「美紀がそう感じたのなら、間違いないだろうね」

 

 

 簪が不安そうな顔でそう呟くと、本音は何も考えていないような笑みで簪を励ます。

 

「いっちーやマドマドの妹さんなんだし、話せば分かってくれると思うよ~?」

 

「話してわかるのなら、最初からこんなことで頭を悩ませたりしないわよ。そもそも、向こうは一夏以外興味がないんだから、私たちがいくら言葉を並べたところで無意味なの。分かった?」

 

「ほえ~……かんちゃんが難しい事言ってるよ~……」

 

「何も難しくなかったと思いますが……」

 

 

 頭から湯気が出そうな勢いで混乱している本音を見て、マドカが困ったように呟いた。

 

「風呂から出てみれば、随分と賑やかですね」

 

「お風呂って、一夏君はシャワーだけでしょ」

 

「浴びるだけマシだと思ってください。本当はシャワーだけでも嫌なんですが」

 

「あまり汗を掻かれていないとはいえ、ちゃんと毎日シャワーは浴びてください」

 

 

 美紀に注意され、一夏は肩を竦めてみせた。

 

「それで一夏君」

 

「なんでしょう」

 

「一夏君は織斑マナカについてどう思ってるの?」

 

「どうと言われましても……」

 

 

 刀奈の問いかけに、一夏は困ったように頬を掻いた。敵としてのマナカなのか、血縁としてなのか、捉え方が色々あるので、今の聞き方では答えようがなかったのだ。

 

「じゃあまず、家族としての彼女の事は? どう思ってる」

 

「記憶が無いので、どう思ってるかと聞かれても困りますが、彼女は織斑千夏にそっくりな見た目ですので、間違いなく血縁ではある、という認識ですね」

 

「じゃあ敵としては? 亡国機業・過激派のリーダーとしての彼女の事は」

 

「間違いなく強敵ですね。今日見た限り、身体能力は刀奈さんたちが言う人外レベル、つまり俺や織斑姉妹、篠ノ之束に匹敵……いや、それ以上でしょう」

 

 

 唯一自分の目で見ていた美紀は驚かなかったが、刀奈たちは思わず息を呑んでしまった。いや、簪だけは息ではなく悲鳴を呑み込んだような表情をしていた。

 

「一夏たち以上の身体能力……そんなのどうやって対応すればいいの」

 

「問題は身体能力だけじゃないんだが」

 

「他にも問題が?」

 

 

 表情の晴れない一夏を見て、刀奈も不安を隠せずにいた。だが聞かないことには何も対策を練らないと理解しているので、気丈に振る舞って見せている。

 

「美紀は直接見て、感じたから分かってると思うが、あの威圧感は並の相手では失神するだろう」

 

「そうですね。怒った一夏さんと同等、下手をするとそれ以上の威圧感をまだ隠し持っているかもしれませんからね」

 

「っ!」

 

 

 今度こそ、簪は悲鳴を呑み込んだのだろう。一夏の威圧感は遠巻きに感じたことがあるだけだが、あれだけの距離があっても恐ろしさは感じ取れたのだ。それを間近で感じたのなら、自分は耐えることが出来るのか、簪はそれが不安だったのだ。

 

「織斑家の子供たちの威圧感ってどうなってるのよ……」

 

「私はそんなもの持ち合わせていませんが……」

 

「マドカは良いんだ。そんなもの無くても何も問題ない」

 

 

 一人ハブられたような気持になったのか、マドカがしょんぼりとした表情を見せた。すかさず一夏がフォローを入れたので、マドカが本格的に落ち込むことは無かった。

 

「威圧感云々は置いておくにしても、ISを使わずにあの動きだからな……もしかしたら、篠ノ之束のように細胞レベルで人外なのかもしれない」

 

「細胞レベルで…人外……篠ノ之博士ってそんなにすごい人なの?」

 

「実態はただの変態だが、頭脳や身体能力は普通の人間では太刀打ち出来ないレベルですよ。本当に、実態を無視すれば尊敬されて当然の人なんですよ……」

 

 

 その実態を知っている全員としては、一夏の気持ちが痛い程理解出来た。

 

「とりあえず、碧さんには警戒を強めてもらっているので、当分マナカが忍び込んでくることは無いと思います。ですが、油断などしないようにしてください。特に刀奈さんと本音」

 

「しないわよ」

 

「さすがの私でも、いっちーに匹敵する相手に油断なんてしないよ~」

 

 

 イマイチ緊張感のない返事に、一夏は不安そうな目を向けたが、それ以上何も言わなかった。とりあえず今は、本音たちを信じるしか方法が無かったのも、何も言わなかった原因なのかもしれない。




やればできる子なのに……

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