マナカの気配が完全に消えてから、一夏と美紀は大きく息を吐いた。
「やはりマナカ対策となると、無人機だけでは手に負えないな」
「それ以前に、あの威圧感に耐えられるだけの人が、この学園にいますかね？」
「とりあえずは織斑姉妹、後は碧さんか。美紀でも厳しいとなると、刀奈さんや虚さんでも厳しいと考えるべきだろうな……」
「五月七日先生は如何でしょう？」
「あの人は操縦技術は一流だが、気配察知やそっち方面は美紀より下だ。美紀がダメならあの人もダメだろう」
候補者をリストアップしていきながら、一夏は次第に顔色を曇らせていく。
「威圧感に耐えるトレーニングをするとして、誰がマナカに匹敵する威圧感を出せるかが問題だ……」
「それなら、一夏さんがすればいいと思いますが」
「俺が？」
意外感を隠し切れない反応を見せる一夏に、美紀は笑いながら頷いた。
「だって、一夏さんが織斑姉妹を怒っている時の威圧感は、先ほどの織斑マナカに十分匹敵するものがありますし」
「そうはいってもだな……常に怒ってる事なんて出来ないし、理由もなく怒ることも出来ないぞ、俺は」
「なら、怒られる事がありそうな人をトレーニング対象にすればいいのではないでしょうか？ すぐ思いつくとすれば、本音か刀奈お姉ちゃんくらいですが」
「本音は兎も角として、刀奈さんを怒る理由は俺にないが」
「生徒会業務をサボったり、部屋に忍び込んでいたりと、怒るには十分すぎる理由があると思いますが」
美紀の指摘に、一夏は腕を組み考え込んだ。
「生身で威圧感に耐えるのと、ＩＳを展開している時に耐えるのでは、またちょっと違うしな……癪ではあるが織斑姉妹に威圧感を出してもらう事も考えるか」
「とんでもない報酬を要求してきそうですが」
「その時はまた、カミナリを落とせばいいだろ。あの人たちこそ、怒られる理由に事欠かないからな」
一夏の言い分に、美紀は確かにと頷いて同意する。この前ゴミを片付けなかったことでカミナリを落とされたばかりの二人だが、探せばまだまだ怒られる理由はありそうだと美紀も感じたのだった。
「今日実際に感じられてよかったと考えるべきか、簡単に侵入されたことを嘆くべきか……」
「前者で行きましょう。あまりネガティブに事を考えるのはよくないですし」
「あまりポジティブでもよくないが、確かにその通りだな」
あまり納得はしていないようだったが、一夏は美紀の提案通りポジティブに物事を考える事にしたのだった。
特訓を終えた刀奈たちは、ヘロヘロになりながら食堂へ足を進めていた。
「スコール、やっぱり強いわね」
「貴女こそ。さすがは国家代表ね」
「一夏君が貴女を相手に選んだ時はどうしようかと思ってたけど、逃げ出さないで正解だったわ」
「そんなこと考えていたのですか、お嬢様」
「う、虚ちゃん……別にサボろうとは考えてないわよ」
フォルテと話していた最中に背後に現れた虚に、刀奈は狼狽して見せる。
「いやー、さすがは布仏ね。まさか私が苦戦するとは」
「よく言いますよ。攻撃の殆どをギリギリで躱す、などという遊びをしていた人が」
「別に遊んでたわけじゃないわよ。ただ、何処まで本気を引き出せるかと思ってただけで。そっちこそ、私が避けるのを分かってて、あえて攻撃してたんでしょ？ 貴女が本気だったら、私は今頃医務室のお世話になってたわよ」
「さて、それはどうでしょうね」
虚とダリルの間に流れる不穏な空気に、刀奈もスコールも呆れていた。性格が正反対だからこそ、この二人は互いを嫌っているのだろうと理解できてしまうからこそ、何も言えないのだった。
「ギリシャ代表候補生の実力、確かに感じられたわ」
「私も、新しい代表の実力を知れてよかったです」
サラとフォルテは友好的な空気を醸し出しているが、その奥のオータムは好戦的な空気を醸し出したままだった。
「さすがはあの織斑姉妹の後釜の片割れだと言われてるだけの事はあるぜ。オレがやり損ねるとは」
「本気で殺そうとしてたでしょ」
「危なかったよ～」
簪と本音のペアを相手にしていたオータムは、実に獰猛な笑みを浮かべていた。
「練習とは言え死合いなんだから当然だろ？」
「……なんだか別の変換がされていそうなんだけど」
オータムが思い浮かべた文字を正確に受け取ったのか、簪は疲れた笑みを浮かべた。
「次は正式なペアとやり合いたいものだぜ」
「美紀ちゃんはいっちーの護衛で忙しいから、しばらくは無理だと思うよ」
「護衛っていっても、この学園にアイツを襲うヤツなんかいねぇだろ」
「一人で行動させるのも心配だし、貴女たちのような人がまだいるかもしれないから」
簪の真剣な表情に、オータムは冷やかそうと思ったのを反省した。
「随分と愛されてるんだな、アイツ」
「当然だよ～。いっちーは私たちだけじゃなく、他の人たちからも愛される人だからね～」
「それだけの事をしてくれてるし、一夏を失う事は、私たちにとって恐怖そのものだから」
「そうかよ」
一夏が要であることはオータムも理解していたが、ここまで想われているとはさすがに考えてはいなかった。そのせいで、何時もの威圧感も無く、あっさりとそう答えるだけで会話は終了してしまったのだった。
マナカ対策……非常に難しい事ですね……