生徒会室に突如現れたマナカに、美紀はすぐさま臨戦態勢を取った。
「邪魔しないでくれる? 思わず殺しちゃうから」
「っ!」
警戒していたはずなのに、あっという間に間合いを詰められ、喉に手刀を突き付けられ、美紀は悲鳴を呑み込んだのだった。
「マナカ」
「なーに、お兄ちゃん?」
先ほどまで殺気剥き出しだったマナカだったが、一夏に名前を呼ばれた途端、美紀に興味を失ったかのように視線を逸らせ、剥き出しだった殺気は何処かに霧散していったのだった。
「用があるのはこっちだろ。美紀に手は出すな」
「いやだなーお兄ちゃん。私は、お兄ちゃん以外に興味は無いよ。だから、邪魔さえしなければ手も出さないし、そもそも視界にすら捉えないから」
「そうか……美紀、悪いがマナカにお茶を――」
「お兄ちゃんが淹れて」
「……大人しくしてろよ」
今マナカから視線を背けるのは得策ではないと考え、美紀にお茶の用意を頼もうとしたのだが、マナカに遮られるように指名されてしまったので、一夏はマナカの分のお茶を用意したのだった。
「ありがとー」
敵対しているとは思えないぐらいリラックスしているマナカの姿に、一夏も美紀もペースを掴めずにいた。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「お兄ちゃんは、私を捕まえるために有象無象を鍛えてるみたいだけど、それ無駄だよ」
「どういう事だ」
「だって、私はお兄ちゃん以外に捕まるつもりは無いし、お兄ちゃん以外を生かしておくつもりもないから。だから、万が一お兄ちゃんが私が潜伏している場所を見つけ出して、あの有象無象たちと攻め込んできたとするならば、アイツらは次の瞬間には息してないってこと。お兄ちゃん以外を招き入れるつもりは無いし、お兄ちゃん以外に私のアジトに入らせるつもりは無い。織斑姉妹だろうが、篠ノ之束だろうが例外なく、近づいてきた瞬間に殺すから」
満面の笑みでそう告げるマナカに、一夏は鋭い視線を向ける。
「その目……凄くぞくぞくするよ、お兄ちゃん」
「君の体術はさっき見せてもらった。この場で君を取り押さえるのは無理だろうな」
「君って呼び方は好きじゃないな~、ちゃんとマナカって呼んで」
「……それで、今日はその事を言いに来たのか」
警戒を保とうとすればするほど、マナカのペースに呑み込まれている気になり、一夏は一つ息を吐いてから問いかけた。
「べっつにー。お兄ちゃんとお話がしたいから忍び込んできただけだよ。あの無人機たちも、元は私が造ったやつだから、動きを計算するのは簡単だったし」
「穏健派と言われている人間を消しているのはマナカか?」
「直接手は下してないよ。実行犯は篠ノ之箒。まぁ、アイツに人を殺してるという概念は無いみたいだけどね」
「……どういう事?」
思わず口を挿んだ美紀に、マナカは鋭い視線を向けたが、一夏が自分を睨みつけている事に気付き、美紀から視線を逸らした。
「仕方ないから答えるけど、篠ノ之箒にとって、穏健派の連中を片付けるのは、ゴミを掃き捨てたのと同じ感覚みたいだよ。だから、罪悪感も無く、自分が罪を犯したという事も理解してない感じ」
「自分が正義だと思い込んでいる、わけではなさそうだな」
「正義なんて、この世に存在しないって。自分に都合の良い事は正義、悪い事は悪だって決めつけて、大衆を味方につけられれば、悪が正義面してても分からないんだから」
「辛辣だな……だが、言いたい事は最もだと思う」
「表向きは慈善家、でも裏では人身売買を生業にしてる悪人だっているんだから」
「それ、お前のパトロンじゃないのか? 前にそんなことを聞いたことがある気がする」
一夏の言葉に、マナカは笑みを浮かべて頷く。
「お兄ちゃん、私の事知ってくれてたんだね。そうだよ、そういう奴らに餌をチラつかせて投資させて、使えるだけ使ったら消そうと思ってるんだ」
「それも、篠ノ之箒に始末させるつもりか?」
「別に、悪事を表社会にバラすだけで、そういう奴らは勝手に消えていくから」
「だが、マナカの存在を知っているんじゃないのか?」
「ボイスチェンジャーを使って、直接会う時は変装してるから、正体がこんな可愛い女の子だなんて思ってないよ」
自分で可愛いというな、というツッコミは一夏も美紀も入れなかった。入れても効果は無さそうだったし、今重要なのはそこではないからである。
「何か言いたそうだけど、まだ質問があるの?」
「いや……聞いたところで答えてはくれないだろうし、詮無い事を聞いても意味は無いからな」
「そう? じゃあ、私帰るね」
「……本当にお喋りしに来ただけなんだな」
「今ここでお兄ちゃんを連れて帰る事なんて、造作もない事だよ。でもね、今は敵対関係じゃなく、ただの兄妹として会いに来たんだから、そんなことはしない」
「ただの兄妹だったとしたら、随分と物騒な会話内容だったがな」
「仕方ないよ。ただの兄妹であっても、普通の兄妹じゃないんだから」
「それもそうだな……」
自分たちが普通ではない、一夏はその事を痛い程理解している。常軌を逸している変態の姉や、自分以外どうでも良いとはっきりと断言する妹、そして自分も、普通ではないと理解している。
「それじゃあ、お茶、美味しかったよ、お兄ちゃん」
それだけ言い残して、マナカは姿を消したのだった。
一夏たちも自覚してた……