更識所属の特訓を手伝うという名目で、ダリルやフォルテ、そしてスコールとオータムもアリーナに姿を現していた。
「貴女が私が原因でギリシャ代表になった人?」
「サラ・ウェルキンよ、貴女がフォルテ・サファイアね?」
初対面の挨拶を済ませている横では、オータムが今か今かとうずうずしていた。
「今日は誰が相手なんだろうな」
「少し落ち着いたらどうなの?」
「お前だって、この中の誰と対戦するかを考えるとワクワクするんじゃねぇのか? お前も立派な戦闘狂だもんな」
「私は貴女程じゃないわよ? 部屋に監禁されて、暴れだすような事はしないもの」
スコールと言い争うダリルを見て、虚は盛大にため息を吐いた。
「私たちからしてみれば、貴女たちに大差ないと思いますが」
「ほら見ろ!」
「布仏……貴女、人を見る目が無いんじゃない?」
「これが正当な評価です。貴女が自分自身を客観的に見る事が出来ないんじゃないですか?」
ダリルにつられるようにヒートアップしていく虚の肩に、一夏が手を置いた。
「落ち着いてください。虚さんまで騒ぎ出したら収集付かないじゃないですか」
「ごめんなさい……つい、カッとなってしまいました」
「怒られてやんの」
「オータムもダリル先輩も静かにしてくれますかね? 黙れないというなら、大人しく部屋で謹慎しててくれるとありがたいのですが」
一夏に睨まれ、オータムもダリルも大人しくすることにした。実力では自分たちも負けてないと思うが、それ以上に一夏には権力があるのだ。自分たちを潰す程度、簡単にできる立場にある相手なので、二人は大人しく一夏に従ったのだった。
「とりあえず今日は、オータムVS簪・本音ペアがここで対戦。スコールは刀奈さんと第二アリーナで、ダリル先輩は虚さんと第三アリーナで、フォルテ先輩はサラ先輩と第四アリーナ、残りは第五アリーナで好きなように対戦してくれ」
「おい、何でオレだけ一対二なんだよ!」
「そっちの方が面白いだろ?」
一夏の挑発的な笑みに、オータムは血が騒いだ。確かに相手が強く、多ければ多い程オータムの戦闘狂としての血は騒ぐ。それを知られていたのに驚いたが、オータムは獰猛な笑みを浮かべ一夏に応えた。
「やってやるよ! その代わり、その小娘共が再起不能になっても知らねぇからな」
「やり過ぎだと判断したら、お前の専用機は強制的に停まるように設定してあるから安心しろ。二人が再起不能になるまで痛めつける事は出来ないし、そんな事にはならないから安心しろ」
「けっ、なら恐怖を植え付けるまでよ、お前みたいにな」
獰猛な笑みを浮かべたまま一夏に接近するオータム。その表情に気圧され一夏は数歩後ろに下がった。
「それくらいにしておきなさい、オータム」
「なんだよスコール」
一夏を追い詰めて楽しんでいたオータムを止めたのは、意外な事にスコールだった。
「これ以上一夏を苛めると、あそこにいる小鳥遊碧に殺されるわよ」
「はっ、殺せるものなら殺して――」
「お望みとあらば、今すぐ殺して差し上げますが?」
「な、に……オレが反応出来なかっただと」
油断していたわけではないのに、オータムはあっという間に碧に接近を許し、背後を取られ、首筋にナイフを突きつけられていた。
「碧さん、そのくらいで」
「一夏さんがそう仰るのでしたら」
一夏に命じられ、碧はオータムの首筋からナイフを離し、再び距離を取った。
「それじゃあ、各自移動して訓練を開始してくれ」
「一夏君は? 何処にいるの?」
「俺は溜まってる生徒会業務を片付けておきますので」
「すみません、お願いします」
虚が頭を下げ、それにつられるように刀奈も一夏に頭を下げた。一夏は気にしないでくださいとだけ告げ、生徒会室へと向かったのだった。
生徒会室で雑務を片付けていると、部屋に近づいてくる気配を感じ身を顰めた。
「誰でしょうね?」
「敵意は感じないから別に良いんだが……それより、美紀は誰が近づいて来ているか分かるか?」
「いえ……それよりも、一夏さんでも識別出来ないんですか?」
「細かくは無いと思うんだが……識別出来ないというより、偽りの気配を作りだして攪乱してるみたいだからな。本物を捕まえるのに少し時間が掛かる……まぁ、こんな事するのはあの駄ウサギくらいだろうからな」
偽の気配を払いのけて本物を探していくと、一夏の顔は驚愕に染まった。
「どうかなさったのですか?」
「いや……駄ウサギじゃない」
「では、いったい誰が――」
「こんにちは、お兄ちゃん」
美紀の問いかけを邪魔するように、生徒会室に織斑マナカが入ってきた。
「お前、何故ここにいる……」
「おかしなことを聞くね、お兄ちゃん。妹が兄に会いに来るのは当然でしょ? それに、今なら邪魔者もいないし、思う存分――」
「一夏さんに何をするつもりですか!」
「――甘えられるもん!」
「……はい?」
護衛として美紀がマナカの前に立ちはだかろうとして、彼女の言い分に呆気にとられたのだった。
「本当ならお兄ちゃんを連れ帰って色々したいんだけど、今日は無人機も連れてきてないからそれは無理だもんね」
「……本当に甘えてますね」
一夏の膝の上で丸くなり、身体にすり寄る姿は、まるで猫だったと、美紀は後に語るのだった。
身体能力は織斑姉妹以上ですし、逃亡能力は束以上ですしね……