暗部の一夏君   作:猫林13世

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彼女にやる気を出させること自体は難しくは無いです


束のモチベーション

 言い表せない悪寒を感じた一夏は、自分の身体を抱きしめるようにしゃがみ込んだ。

 

「一夏さん、どうなさいました?」

 

「いや……絡みつくような視線と、物凄い悪寒を感じてな……ちょっと気分が悪くなってきた」

 

「織斑マナカ、ですか……」

 

「変態駄ウサギかもしれんが、あの人のはここまで悪寒を感じた事は無いからな」

 

 

 気配を感じられれば、いくらでも対処出来るのだが、監視衛星からの視線ではさすがの一夏も対処出来ない。束に解決策を考えてもらうよう頼んだが、束の事だから一緒になって観察してるのかもしれない、と一夏は思っていた。

 

「せめてもの救いは、俺がマナカに対してトラウマを抱えてないことだな」

 

「ですが、これだけ見られている事を感じてしまうのでしたら、そのうちトラウマを抱えてしまうかもしれませんよね? そこは大丈夫なんですか?」

 

「……分からない」

 

 

 今はまだ、悪寒だけで済んでいるが、そのうち恐怖心を抱いてしまうかもしれない。そう考えると、早めに対処しなければいけないと一夏は改めて思った。

 

「別に私は一夏さんに甘えてもらえるので、ある意味役得なのですが、一夏さんとしてはそんな風に考えられませんものね」

 

「……そんなことを思ってたのか」

 

「少しだけ、ですけどね……普段の一夏さんはあまり私たちに甘えてくださらないので、ちょっと幸せな気分を味わえる、というだけです。もちろん、心配の方が大きいので、そんな気分に浸れるわけではないのですが」

 

「まぁ美紀が何を考えていようが、護衛としてしっかりしてくれてるから文句は無い。だが、あまりそう言う事を口にすると、刀奈さん辺りが嫉妬するから気をつけろよ」

 

 

 何とか立ち上がって、一夏は部屋に戻る事にしたのだった。その途中で、学園内に見知った気配を感じ取り、急遽進路を変えて裏庭へ向かう。

 

「何かあるんですか?」

 

「さっすがいっくん。他の有象無象やちーちゃんたちには気づかれなかったのに」

 

「一応警戒の責任者を任されてますからね。不審者の気配には敏感でいなければいけませんので」

 

 

 裏庭に現れた束に、美紀は警戒心を解いた。一夏にしか気配が感じ取れなかったとはいえ、美紀も何か不審な気配は感じ取っていたのだ。それが何なのかを識別する事が出来なかったので、最大限の警戒心を持って一夏に随行し、その気配が束の物だと理解したから、ある程度警戒心を解いたのだ。

 

「そこの女、四月一日美紀だっけ? よく束さんがいた事が分かったね」

 

「この辺りに不審な気配がある事は分かりましたが、篠ノ之博士の気配だとは分かりませんでした」

 

「まっ、さすがいっくんの手下って事かな」

 

「手下ではなく護衛です」

 

 

 一夏の訂正に、束は「ゴメンね~」と軽く謝って本題に入った。

 

「織斑マナカが使ってる監視衛星を特定する事は出来たよ」

 

「『特定する事』ですか……つまり、特定出来ただけでその衛星をハッキングする事は出来なかったんですね」

 

「一を聞いて十を知る、さすがいっくんだね。そうなんだよ、束さんの技術力を以ってしても、あのプログラムをハッキングする事は出来なかった。もちろん、諦めたわけじゃないけどね」

 

 

 全くない力こぶを作って見せる束の姿に、一夏は頷いて引き続き束に任せる事にした。

 

「それから、えっと……亡国機業だっけ? その穏健派集団を壊滅させた犯人だけど、荒っぽい画像しか手に入らなかったから断言は出来ないけど、サイレント・ゼフィルスに乗ってるっぽいんだよね」

 

「そうなると、篠ノ之箒の仕業と言うことになりますね」

 

「何故か鮮明な映像が手に入らないから、それっぽいとしか言えないけど、画像を解析してより鮮明な映像になるように、こっちも束さんが頑張るから」

 

「重ねてお願いします」

 

 

 頭を下げる一夏に、束は手を振って一夏に頭を上げさせる。

 

「いっくんが頭を下げる事じゃないでしょ? それに、束さんといっくんの仲じゃないか!」

 

「……何が望みですか?」

 

「さっすがいっくん! 話が早いね」

 

 

 束の言葉から、何か目的があると感付いた一夏は、その要求を聞くことにした。束の方も、気付かれるのが分かっていたように話を進めていく。

 

「一度だけで良いから、束さんと一緒に寝てくれないかな? もちろん、何もしないし、必要以上に触ったりもしないから」

 

「それくらいなら別に良いですが、織斑姉妹が許可した場合のみ、ですからね」

 

「ちーちゃんとなっちゃんを説得しなきゃいけないのか……まぁ、それも頑張ってみるよ! じゃあいっくん、ちーちゃんとなっちゃんが許可してくれたら、報酬を貰うからね」

 

「それでモチベーションが上がるのでしたら、どうぞ」

 

「約束したからね! 絶対だからね!!」

 

 

 そう言い残して、束の気配はあっという間に消えてしまった。

 

「良いんですか、一夏さん。あんなこと言って」

 

「織斑姉妹が許可するとも思えないし、束さんと織斑姉妹が交渉したとしても、俺には織斑姉妹に対して提示された物に対して、応える義務はありませんので」

 

「さすが一夏さん、そこまで考えているとは……」

 

 

 一夏からすれば、事件が解決される事を優先しただけで、その過程でどのような交渉が行われていようが関係なのだ。ましてや、束が織斑姉妹にどのような報酬をちらつかせようが、別に応える必要は無いと割り切っているのだから、あのような要求も簡単に呑んだのだった。




やはり策士な一夏……

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