更識の企業代表になれるかもしれないという事で、虚はますますISに関しての勉強に力を入れるようになった。もちろん、息抜きする時にはしっかりと休み、分からない個所は一人で抱え込まず一夏に尋ねるようにしているおかげで、普通の学業にも影響する事無く知識を深める事が出来ている。
それでもやはり中学一年である虚には限界があり、専門的な知識を身につけるには至っていない。普通に考えれば当たり前なのだが、何せ例外が身近にいる所為で、虚は自分に才能が無いのではないかという悩みに陥ってしまったのだった。
「おね~ちゃん? なに悩んでるの?」
「本音……いえ、私にはISに関する才能が無いのではないかと……」
「ほえ~? おね~ちゃんは同年代の誰よりも才能があると思うけどな~。何でそんな事を思ったの?」
「いえ、どれだけ頑張っても、専門的な知識・技術を身につけられないので」
「そんなの当たり前だと思うけどな~。碧さんだって日本代表だったけども、技術なんて持ってなかったよ?」
碧はあくまでも操縦者であって、整備や開発の知識が無いのは当然であり、また身につける必要も無かった。だが虚が目指しているのは操縦者ではなく整備士、専門的な知識が必要な立場なのだ。
「もしかしてだけどおね~ちゃん、いっちーと比べてるなんて事は無いよね~?」
「それは……」
「比べるだけ無駄だと思うけどね~。いっちーはISの声が聞こえるみたいだし、色々と特殊な立場だからああいった技術を身につけられたんだからさ~。おね~ちゃんはおね~ちゃんのペースで技術を身につければいいんだよ~」
「本音……貴女、偶に良い事言いますね」
普段の本音ばかり見ているからこそ、今回受けた衝撃はかなり大きいものだったのだろう。妹に言われるまで、自分が一夏との才能の差に悩んでいたなんて気づきもしなかったのかもしれない。いや、あえて気づかないふりをしていたのかもしれないなと、虚は改めて自分の考えに呆れてしまった。
「偶にって酷いな~。私だって色々と考えてるんだからね~」
「そうですね。……ところで本音、確か今日算数のテストだったと聞いてるのですが、結果はどうだったんですか?」
「え、えーっと……あっ、かんちゃんだ!」
「逃げるんじゃありません」
「ほ、ほえ~……」
さっきまで姉に良い事を喋っていた本音だったが、一瞬にして何時もの本音に戻ってしまっていた。簪の名前を使って逃げ出そうとしたのがバレて、結局虚に怒られる羽目になってしまったのだが、何時もよりお説教が短かった様に本音は感じていたのだった。
選考合宿もいよいよ終盤に差し掛かり、候補生に相応しくないと振るい落とされた人間も一人や二人では無かった。そんななか刀奈は振るい落とされる事もなく、むしろ候補生に相応しいとさえ評価されるくらいにまで成長していた。
「なかなかやるな、更識の小娘は」
「わたしたちの指導にもシッカリと付いて来ているからな」
「私はこんなところで諦めたくないんです」
先日の休みの間に、一夏分を補充した刀奈は、休み明けの特訓でもシッカリと喰らい付いていた。織斑姉妹の指導は厳しく、憧れだけでこの合宿に参加していた人間は、後悔の念に押しつぶされ、そして振るい落とされていったのだった。
「貴様のデータは逐一更識に送るように言われているが、何が目的なんだ?」
「候補生に選ばれた時に、専用機を造ってもらえる事になっているので、その為のデータだと思います」
「そう言えば、更識では独自開発したコアがあるんだったな。小鳥遊の専用機も、確か更識が造ったISだったな」
あまり他人に関心を持たない織斑姉妹ですら、更識の事は気になっていた。理由は当然のように、一夏がそこにいるからなのだが、珍しく一夏が関係していない事を気にしていた。
「(まさか一夏君がISを造ってるなんて、口が裂けても言えないわよね……)」
この二人にバレたりしたら、それは世界中にバレるのとほぼ同義なのだ。篠ノ之束には知られてしまっているようだが、彼女は今のところその事を世間に発表する事はしていない。
だがこの姉妹は、弟の事を全世界に自慢したくてしょうがない性格なので、その弟である一夏がISのコアを製造し、ほぼ一人でISを造る事が出来るなどと知ったら、その日の内に全世界に向けて発信する事だろう。
「とにかく、今の状態なら貴様が一番候補生に近いだろう」
「他の連中は歳ばっか食っていて、技術はそれ程高くないからな」
「仕方ないですよ。ウチみたいに実家に訓練機があるわけじゃないんですから」
一夏作の第二世代訓練機、打鉄。近接格闘用の訓練機だが、更識の屋敷にはこれが結構な数あるのだ。日本政府にも報告が行っているので、新設校となるIS学園に納品される訓練機は、この打鉄に決まりつつあるのだった。
「どんな技術者がいるんだ、更識には」
「まだそれほどISの開発戦争に差は無かったはずなのに、いきなり第二世代の訓練機だからな……興味を持たれても仕方ないだろう」
「それはもちろん秘密です。この事が知られたら、その人の生活に影響が出てしまいますから」
ここで、「その技術者は一夏君です」なんて言おうものなら、一夏の明日からの生活が一変してしまう。その事をちゃんと理解しているからこそ、刀奈はこれ以上話すつもりは無かった。
「そうだな。一夏のように、ISで人生を狂わされるなんて事にはなってほしくないからな」
「その技術者にも家族はいるだろうしな」
「(い、言えない……その技術者が一夏君だなんて……)」
納得顔で頷いている織斑姉妹の傍で、刀奈は必死に表情を押し殺していたのだった。
本音が言うと名言に聞こえる不思議……