暗部の一夏君   作:猫林13世

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騒がしい更識家が戻ってきた……


合宿の合間

 選考合宿に参加していた刀奈は、久しぶりの休みなので屋敷に帰ってきた。

 

「ただいまー! 簪ちゃん、お姉ちゃんが帰ってきたわよー!」

 

「お帰りなさい、お姉ちゃん。合宿は大変だった?」

 

「まだ終わりじゃないけど、結構大変よ。具体的には、織斑姉妹の指導とかが……」

 

 

 更識家に養子入りした一夏の事で刀奈は千冬と千夏から他の候補者より多く指導時間を割かれているのだ。それを羨ましいという事でで不公平だと騒ぐ人が多いが、刀奈としては理不尽だと声を大にして叫びたい気持ちだったのだ。

 

「あっ、刀奈さん、お帰りなさい。選考合宿はまだ終わりでは無かったと思いますが」

 

「今日から三日休みなのよ。だから屋敷に帰って来ちゃった」

 

「原則として合宿中は宿舎からの外出は許可されないのでは?」

 

「この休みの間はOKなのよ。だから帰ってきたの! みんなに会いたかったし、一夏君も最新のデータが欲しいと思って」

 

「そうですね……ハッキングするのも面倒ですし、直接測定させてもらえるのでしたら、それに越した事は無いですから」

 

 

 さらりと凄い事を言い放った一夏に、刀奈と簪は驚いた表情を浮かべた。

 

「? 二人とも、どうかしましたか?」

 

「いや……ハッキングって一夏、それって立派な犯罪行為だよ……しかも侵入する先が日本政府となると……」

 

「バレるような痕跡は残さないさ。まぁ、実際やろうとは思わないが」

 

「そうよね……それじゃあ一夏君、早速測定する?」

 

 

 刀奈としては早い方が良いと思っての提案だったのだが、一夏は首を横に振った。

 

「今日一日はゆっくり休んでください。疲れが抜けた時のデータの方が良いですし、簪や本音と遊べる時間も少ないですから、そっちを優先してください」

 

「でも、一夏君だってISの開発とかあるでしょ? それに、そんなに疲れてるわけじゃ……」

 

「いえ、今日は虚さんにIS整備の指導をする約束なので、どちらにしろ刀奈さんのデータを測定する時間が無いんですよ」

 

「あっ、そうなんだ……」

 

 

 自分よりも虚の事を優先されたような気がして、刀奈は不満そうな顔をしていた。もちろん一夏にはバレ無い角度でその表情を浮かべていたのだが、ここ最近急激に観察眼を磨いていた一夏には、刀奈の表情は簡単に見破られてしまった。

 

「器用に顔半分だけ不満を浮かべてるようですが、虚さんの方が先に約束してたので諦めてください。それに、刀奈さん自身は疲れを感じて無くても、身体の方にはしっかりと蓄積されてるんです。なれない場所での生活や、織斑姉妹の指導などで、絶対に身体に負荷は掛っているんです。今日はゆっくりと休んで、少しでも万全な体調にしてから測定したいんです、分かってください」

 

「……はーい」

 

 

 年下の男の子に諭され、刀奈は不貞腐れたように返事をした。だが不貞腐れているように見えるだけで、実際はここまで自分の身体を心配してくれる一夏に感動していたのだ。

 

「じゃあ俺は研究所に戻りますので、刀奈さんはゆっくりと休んででください」

 

「分かったわ。大人しく簪ちゃんや本音、美紀ちゃんたちと遊んでるわ」

 

「そうしてください。碧さんもいますから、ISの事で聞きたい事があるなら聞くのもありだと思いますよ」

 

「えっ、碧さん?」

 

 

 一夏ほどでは無いにしても、刀奈も気配を探る事に関しては昔から教育されていた。だがその刀奈の実力でも、周囲に碧の気配を察知する事は出来なかった。

 

「やっぱり一夏さんには敵いませんか……」

 

「護衛でずっと傍にいてくれましたからね。碧さんの気配は間違いません」

 

「私、気付けなかった……」

 

「他の人相手なら、刀奈さんの方が気配察知は上のはずですが、碧さんに関してだけならば、俺の方が気配に慣れてますから」

 

 

 それだけ言い残して一夏は研究所へと向かって行ってしまった。残された刀奈と簪は、無言で碧の事を見詰めていた。

 

「な、何でしょうか……言っておきますが、一夏さんの身辺警護の任はご当主様より仰せつかったものですからね? 私の独断ではありませんよ」

 

「そうよね……でも、羨ましいのは確かなのよ」

 

「そうだね。最近私たちは一夏に会える機会が減ってるのに、碧さんは毎日一夏の事を見てるわけでしょ?」

 

「見てるだけじゃないですが……まぁそうですね。もちろん、私も最近は一夏さんと話す時間が減っていますが」

 

 

 刀奈の専用機開発の準備や、IS学園から専用機を用意してもらいたいと要求され、次期当主候補となった為に更識の仕事もそれなりにこなしているのだ。一番近くにいる碧でも、会話をする機会は格段に減ってしまうのも仕方ない。それに加えて一夏は虚にISの整備の仕方などを教えているので、研究所から出てくるのは寝る時くらいなのだ。

 

「こうなったら私も、一夏にISの事を習おうかな……」

 

「簪ちゃんは整備より選手の方が似合ってると思うな。私と一緒に代表になって世界を取りましょうよ!」

 

「でも、私はお姉ちゃんみたいに戦術家でも無いし、碧さんみたいに臨機応変に動けるかどうか……」

 

「大丈夫ですよ。簪ちゃんだって刀奈ちゃんみたいに代表候補になれる実力はあると思いますよ」

 

『適正も高そうですしね』

 

「そうなの?」

 

「「?」」

 

「あっ、木霊が簪ちゃんもIS適性が高そうだって」

 

 

 木霊の声が聞こえるのは、持ち主である碧を除けば一夏のみ。他の人には碧が独りで何かを言っているようにしか聞こえないのだ。

 

「ISからの評価なら、簪ちゃんも代表になれるかもね」

 

「そうすれば一夏さんに専用機を造ってもらえますね」

 

 

 二人の甘い言葉に、簪は自分が代表になっている場面を夢想したのだった。




刀奈と本音が揃うと、周りも騒がしくなってしまうのです

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