消灯時間近くになり、廊下に見回りの教師の気配が増えたことを受け、一夏たちも部屋の明かりを消し、それぞれのベッドへと入ることにした。
「本当に一夏君がソファで寝るの? 私がいけないんだし、私がソファで寝るわよ」
「ですが、刀奈さんはソファで寝た経験はありませんよね?」
「それは……でも、一夏君だって無いでしょ?」
「俺は何処でも寝られるようになってますし、最悪一日二日寝なくても行動に制限はかかりませんし。それに、亡国機業との戦闘の際は、俺は後方支援ですからね」
自ら前線に出て戦うタイプではない一夏だが、それが今回は刀奈を納得させる決定打となった。
「それじゃあ、ベッドを使わせてもらうけど、もし寝にくいと思ったら何時でも入って来ていいからね」
「刀奈お姉ちゃん、それセクハラですよ」
「義姉弟のスキンシップよ。マドカちゃんだと、血縁兄妹になるから不謹慎だけど、私と一夏君なら問題はないでしょ?」
「問題ないと思ってる刀奈お姉ちゃんの頭が問題だと思うけどね」
美紀のツッコミに、一夏も頷いて同意した。
「兎に角、大人しく寝てください。どうやらこの部屋の見張りは織斑姉妹らしいので、何か問題を起こせばすぐに説教されるでしょうし、刀奈さんの場合は強制送還の可能性もありますので」
「うぅ……分かったわよ」
さすがの刀奈も、織斑姉妹に逆らう程愚かではないので、大人しくあてがわれたベッドへと入り、素直に寝る事にした。
皆の寝息を確認してから、一夏はこっそりと起き上がり部屋から外へ出る。当然織斑姉妹の監視に引っ掛かるが、特にお咎めも無く一夏は建物の外へと出る事に成功した。
「いますよね」
一夏が小さく声を掛けると、何もない草陰からウサ耳が生え現れた。
「さすがいっくん。ちーちゃんたちの伝言を正確に受け取るとは」
「昼間の不審な気配とやらで、貴女がこの付近にいるのは分かりましたし、わざわざ織斑姉妹に気配を掴ませたのも、こうやって話すためですよね」
「何でも分かってくれるいっくんが好き。亡国機業のメインシステムにハッキングを仕掛けてみたけど、これといった情報は無かったね。それから、亡国機業に肩入れした倉持技研の技術者の名簿を見つけたけど、ほとんどが過激派に加担してる感じかな。独立派に加担してる技術者の腕は、更識内では屑レベルだね」
「何時の間に更識の技術者を品定めしたのかはさておき、問題はサイレント・ゼフィルスですね。あれは亡国機業が強奪したものですし、所有権はイギリスにありますから、篠ノ之がこちらに加わったとしても、アイツが使い続ける事は不可能です」
「箒ちゃんに専用機なんて一億年早いけど、他のISを使えない以上、戦力として計算するのならサイレント・ゼフィルスを使い続けてもらうしかないんだよね~」
「そもそも、サイレント・ゼフィルスが俺か束さんに心を開いた時点で、篠ノ之は扱えなくなると思われるんですが、その辺りはどう考えます?」
一夏の質問に、束は小さく首を傾げて考える。あまり興味は無さそうに見えたが、一夏からの問いかけと言う事で束は真剣に考えている様子だった。
「箒ちゃんがサイレント・ゼフィルスに乗れなくなったのであれば、素直にイギリスに返還するべきだろうね。もちろん、箒ちゃんの騎乗データはこちらがもらうけど」
「そもそも、篠ノ之のデータなんて貰って、イギリスは嬉しいんですかね?」
「操縦に難があるとはいえ、戦闘データは何処の国も喉から手が出るほど欲しいと思うよ。いっくんたちみたいに、すぐにデータが取れる環境が整ってるわけじゃないんだからさ」
「更識だって、戦闘データをすぐに取れるわけじゃないんですが」
「実力者が揃ってるんだし、広大なアリーナだって持ってるじゃない。すぐに欲しいデータは取れるし、そのデータから新たなシステムをくみ上げる事が出来る頭脳だって、ここにあるしね」
一夏の頭を指差しながら、束が楽しそうに呟く。反論する意味も無かったので、一夏は特に取り合わずに話を先に進めた。
「束さんの方から、コアネットワークにアクセスして亡国機業のISを止める事は出来ないんですよね?」
「残念ながら、亡国機業が使ってるISのコアは劣化が激しくて、束さんが管理してるネットワークの管轄外なんだよね~。更識の方でもアクセス出来ないんでしょ?」
「そもそも俺は、コアネットワークにアクセス出来ませんので」
「専用機の闇鴉がハッキング出来るでしょ? そうやって束さんの計画を覗き見してるのは知ってるんだからね」
「……そんな事してたのか」
闇鴉は覗き見していたが、その事は一夏には伝えていない。純粋に一夏は束の計画を未然に知ることが出来ているので、覗き見する必要すら彼には無いのだ。
「まぁ、そんなわけで、回収したISは束さんが引き取るから、いっくんはその事を気にすることなく戦いに集中してよ」
「俺は前線に出ませんけどね。まぁ、ISの後処理を頼めたのは大きいですね。更識家で引き受けたら、また色々と文句を言われかねませんから」
「技術力で劣る国が、いっくんに文句を言うなんて万死に値するけどね」
「……どこの法律に当てはめてものを言ってるんですか、貴女は」
最後に物騒な事を言い残して消えた束に、一夏はそんな言葉を呟いたのだった。
物騒さで言えば、この人も十分ですからね