集合時間の連絡だけを受け、各班に分かれ京都の散策に出たのが、今から約十分前。一夏たちも例外ではなく、気は進まないなりに散策に出ていた。
「美紀、気づいてるか?」
「はい、一夏さん。尾行者一名。敵意は感じませんが、この気配は……」
「何か話があるのだろう。だから一人で、武器も携帯せずに尾行しているのだろうな」
「そこまで分かるんですか?」
「気配察知だけは、美紀や簪に勝てる分野だからな」
そう言って一夏は、本音とマドカに視線を向ける。どうやら二人は気づいていないようだ。
「本音は兎も角、マドカは真っ先に気付きそうなものだと思っていたが……」
「旅先で浮かれているのではないでしょうか? マドカさんにとって、こうした旅行は初めてなのでしょうし」
「まぁ、その点を差し引いたとしても、かつての同僚の気配に気付けないのは問題だと思うがな……」
一夏の視線に気づいたのか、マドカが小走りに駆け寄ってくる。小動物を思わせるその動きに、一夏は緊張感を一瞬忘れそうになったのだった。
「兄さま、何か御用ですか?」
「いや、ちょっと野暮用が出来たから、俺と美紀は別行動になる。時間は三十分もあれば終わるだろうから、その間は本音と二人で行動しててくれ」
「それは構いませんが、何処で落ち合う予定なのです?」
「それは決めなくても問題ないだろ。俺も美紀も、気配察知は得意だからな」
そう言いながら、一夏はマドカの頭に手を置き、少し乱暴に髪を撫でる。
「に、兄さま! マドカは猫じゃありませんよ」
口では文句を言うマドカだが、その表情は嬉しそうだった。兄妹として過ごした時間は、離れ離れだった時間に遠く及ばない分、こうした何気ないやり取りがマドカは嬉しくてたまらないのだろうと、一夏の背後でその表情を見た美紀はそう思った。
「本音には上手い事言っておいてくれ」
「分かりました。では兄さま、後程」
小さく手を振って一夏たちと別れたマドカの姿が見えなくなるまで見送り、一夏は背後の尾行者に声を掛けた。
「これで出て来れるだろ? いったい何の用だ」
「あらあら、私がMの存在を気にしていたというの? 一夏ともあろう子が、随分な勘違いを――」
「あっ、マドカさん」
「っ!?」
美紀の発した声に反応し、スコールが慌てて振り返る。しかしそこには誰の姿も無く、スコールはしてやられたと言うことに気が付いた。
「さて、何か言い訳はあるのか?」
「……くだらない事に時間を割いている余裕は無いはずよ。貴方たちにも、私たちにも」
「そう言うことにしておこう。それで、わざわざ危険を冒してまで接触を試みた理由を聞こうか」
なんとなく想像はついているのだが、一夏はあえてスコールの口から用件を言わせることにした。
「この前の学園襲撃事件だけど、あれは過激派の仕業よ。私たちは関係ないわ」
「それを証明する手立てはあるのか? ただ単にやっていないという証言を鵜呑みに出来るほど、俺はお前たちを信用していない」
「そう言われると思っていたけど、残念ながら証拠は無いわ。でも信じて。あれは断じて私たち独立派が仕掛けたことじゃないの」
あまりにも自分だけの都合で話を進めるスコールに、美紀は嫌悪感を示す。美紀の反応を当然のものと受け止めるスコールだが、内心は穏やかではない。
「証拠は無い、だが信じろか……自分たちに都合がいい事だとは思ってるのか?」
「もちろんよ……私たちを信じて、貴方たちに都合がいい事なんてない事くらい分かってる。でも、これだけは本当よ。私たちはアメリカ軍を唆してなどいないし、本気で貴方たちに勝てるとも思っていない」
「なら、襲撃計画は何のために立てているんだ?」
「……私たちが動けば、恐らく過激派も動くでしょう。だから、その動きに乗じて過激派の戦力を削ろうとしてるだけよ。まぁ、SHにはこの事は教えてないんだけど」
「アイツはすぐ顔に出るし、そんな考えを認めるタイプにも思えないからな……それで、最初の質問に戻るが、危険を承知で俺たちに接触を試みた理由は何だ? お前なら、俺たちがとっくに黒幕に気付いている事を知っているんだろ?」
今までのやり取りが演技だと告げる一夏に、スコールも笑みを浮かべて応える。美紀も表に出していた嫌悪感をしまい、一夏の護衛としての任に徹する形を見せる。
「過激派のメンバーの内、様々な国の重鎮たちとパイプを保持してるヤツがいるの。そいつがアメリカ軍を唆して、アメリカの戦力ダウンを狙ったのよ。一部だけど、やり取りの記録をハッキングして手に入れた。これは更識の方で好きに使ってちょうだい」
「なるほど……アメリカ軍を唆したのは亡国機業過激派、そのパトロンはロシアか」
「ISの登場で有耶無耶になってるけど、ロシアとアメリカは仲が悪いからね」
「ロシアもIS操縦者の質が上がらず困っている。そこで敵国の戦力を削る作戦に出たというわけか……」
「つまらない事を考えるんですね、国というのは」
「ロシアはアメリカの戦力ダウンと共に、更識の力も削りたいとも思ってるらしいわよ。あまりにも強大過ぎる更識の力を、一部だけでもロシアのものに出来ないかと考えてるみたいなのよね」
「……まぁ、ロシアが仕掛けた株価暴落の煽りを受けなかったから、更識的にはダメージはゼロに等しい。だが、面倒事を起こされた恨みは、しっかりと晴らさせてもらわないとな。スコール、派手にやるか」
「そうね。あっ、でも……SHだけは演技ではなく本気で行くでしょうから、それはそっちで対処してね」
「……アイツ、そろそろ束さんに消してもらった方が良いんじゃないか?」
一夏が零した愚痴に、美紀とスコールは笑いをこらえるのに必死だったが、遂にこらえきれずに吹き出してしまったのだった。
最後の愚痴は、割かし本気ですね……