翌朝に出発と言う事で、さすがの一夏も今夜は整備室に篭る事は無く、部屋で寛いでいた。そこへ非通知で電話がかかって来て、一夏は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
「何方からです?」
「非通知なんて使ってくるのは、あのウサギくらいだ」
ちゃんと番号が登録されているのに、登録外から掛けて来る愉快犯の顔を思い浮かべ、一夏は小さく息を吐いた。
「お掛けになった電話番号は、現在ウサギからの連絡を受け付けておりません。速やかに通信を切り、そして反省してください」
『えっ、ちょ……いっくん、それ何の冗談?』
「通信切断まで、残り三秒」
『もういいってば! そんな事より、いっくんに……』
何か言いかけていたが、一夏は容赦なく通信を切り、携帯の電源を落としてベッドに倒れ込んだ。
「いいんでしょうか? あれでも世界最高峰の技術者なんですよね? 何か有益な情報かもしれませんよ」
「大丈夫だろ。電話が使えないと分かれば――」
「いっくん、酷くない!?」
「………」
「ほらな」
光の速さで部屋に現れた大天災を目の当たりにして、美紀は言葉を失った。一方の一夏は、この展開を予期していたようで、特に驚いた様子も無く、むしろ狙っていたかのような余裕さえ窺えた。
「それで、いったい何の用ですか、駄ウサギ様」
「あっ、その辛辣な眼差しと可愛いいっくんに罵られていると思うと、束さん、本格的に目覚めそうだよ」
「ふざけるのはそれくらいにして、用件を言ってください。何時までも貴女の気配を偽るのも限界なんで」
篠ノ之束が侵入したと知れば、すぐに織斑姉妹が飛んでくる。比喩ではなく、本当にこの部屋に飛んでくるだろうと、美紀も短くない付き合いで理解していた。
「別にちーちゃんたちにも言わなきゃいけない事だから、来てもらった方が束さん的には楽なんだけどな~」
「貴女たち三人が揃うと、ろくなことが起きないので嫌です。本当は電話で済ませられれば良かったんですが、電話越しでは貴女を叱れませんからね」
「し、しまった!? って、今回束さんは何もしてないよ~」
アメリカ軍が仕掛けてきたのは、束が裏で何かをしたわけではない。その事は一夏も重々承知しているが、一夏の苛立ちの原因はそこではなかった。
「どうでも良い時にはしっかりと監視していて、重要な時ほど目を離すとは、さすがは世紀の大天災、恐れ入ります」
「余り褒められてる気がしないのは気のせい?」
「褒めてないので当然です」
はっきりとそう告げてから、一夏は表情を改め、束もそれに合わせて真面目な空気を醸し出す。
「今回の件だけど、アメリカ軍を唆したのは亡国機業で間違いないよ」
「それは俺もISのコアから聞いていますので知ってますが、貴女が調べたのは、どの派閥かと言う事ですよね」
「さっすがいっくん。束さんの事はなんでもお見通しなんだね~……って、真面目に話すからその殺気はしまってほしいかな」
今はふざける時ではないと自覚して、束は飛びつこうとした身体を押さえて続きを話し始めた。
「亡国機業の中でも、現リーダーを中心に組織された過激派、これがアメリカ軍を唆したので間違いないよ。狙いはアメリカの弱体化と、希望的観測でいっくんたち更識所属の誰かが負傷する事かな。残念ながら、希望的観測ではなく、天文学的確率の世界の話だけどね」
あの程度の実力で、更識所属に傷一つでもつけられると思ってた辺りが滑稽だと、束はバカにしたような口調で告げる。一夏もその事に関してはツッコミを入れる事無く、束の報告の続きを待っている。
「いっくんたちの戦力が少しでも欠ければ、独立派の連中がいっくんたちに一矢報いる事が出来るのかも、とでも思ってたのかな? いっくんたちを倒し、調子に乗ってるところを叩き潰す計画だったらしいけど、そっちももう虚数の彼方にしかない確率だけどね」
「独立派の動きは、過激派に把握されていると?」
「独立派の中には、あの単細胞箒ちゃんがいるからね。監視されていたり、後をつけられていても気づかない可能性の方が高いし」
「ですが、篠ノ之は気配には敏いはずですが」
「あくまで可能性の話だよ、いっくん」
ニッコリとしてやったりという表情の束に、一夏は鋭い視線を向け、すぐに逸らした。
「では、独立派が俺たちを襲って来て、それを返り討ちにしたら、そこを過激派に襲われる可能性があると言う事ですか」
「馬鹿箒ちゃんがどうなろうが知った事じゃないけど、一応血縁者だからね。それに、あの中には何人か使えそうな人材がいるんでしょ? いっくんの言葉なら信じるかもしれないし、一応報告しておこうと思ったから電話したのに、いっくんたら束さんに会いたいからって電源まで――」
「美紀、すぐに簪と虚さんに連絡を。場所はこの部屋で構わない」
「かしこまりました」
「それから、メールで良いので尊さんにもこの事は伝えておいてくれ」
「無視は酷くないかな~」
口では文句を言いながらも、束の表情はすごく嬉しそうだった。一夏に無視された事に快感を覚えた――わけではなく、仕事モードの一夏の表情を間近で見られて喜んでいるのだ。
「それじゃあ束さんはこれで――」
「帰れるわけないだろ? 詳しい話はわたしたちの部屋で聞かせてもらおう」
「な、なっちゃん……」
一夏の意識から束の存在が外れたので、気配を偽っていた結界も消えたのだ。そうなればすぐにでも織斑姉妹が現れても不思議ではない。その事を失念していた束は、ズルズルと千夏に引き摺られて寮長室へ移動する事になったのだった。
修学旅行以降は完全にオリジナル展開になりそう……てか、既になってますが