刀奈が京都に向かったかもしれないという情報は、簪たちの耳にも入っていた。今更何も出来ないと諦めている一夏の横で、簪が呆れてものも言えないという表情でうつむいていた。
「簪ちゃん、そんなに落ち込まなくても」
「だって、荷物に紛れて京都に向かったなんて無謀な事をした人が、自分の実の姉だと思うとね……」
「それくらいなら可愛いものだろ。気に食わないという理由だけで、国一つ潰そうとした女が実の姉だってほうが、よほど絶望的だがな」
「一夏の方は、スケールが違うからね……」
慰めなのかなんともとれないセリフに、簪も同情してしまった。実の姉が残念、ということなら、一夏の右に出る者はいないだろう。
「刀奈さんが京都に向かったのであれば、戦力アップは見込める。だが、IS学園の警備が手薄になるのと、司令塔がいなくなるという問題が浮上してくるんだよな……」
「香澄さんの未来視では、IS学園が襲われる確率は限りなくゼロ。心配する事は無いと思われますが……」
「限りなくゼロでも、まったくない訳ではないからな。例え一パーセント未満の確率でも、無視は出来ない」
「虚さんでは駄目なのですか?」
マドカの疑問に、一夏は虚が参謀タイプであり、ナンバーツーとしての方が実力を発揮出来るという考えを伝えた。
「確かに、虚さんはトップでも十分通用するでしょうが、ナンバーツーの方が向いていますね。ですが、そうなると万が一の時に指揮を執れる人がいませんね……どうするのですか?」
「最悪の場合は、俺たちがISを展開して高速で学園に戻ってくればいいと考えているが、回線を繋いで俺が遠方から指示を出す事も考えている。もちろん、そんなことは起こらないとは思ってるがな。だからと言って油断して良い訳にもいかないし……ほんと、刀奈さんは想定外の動きが多すぎる」
「なんかゴメンね……お姉ちゃんが」
一夏の言葉を、自分に対するあてつけだと思い込んだ簪が、ますます落ち込む。そんな彼女を見た一夏は、苦笑いを浮かべながら簪の頭を撫でる。
「簪が気に病む事は無いだろ。向こうについて刀奈さんと会えれば、しっかりと説教するから気にするな。もちろん、二度目なんて考えられないくらいに徹底的に叱るつもりだから、手出しは無用だ」
「一夏さん……その笑顔は怖いです……」
「おっと……美紀たちを怖がらせても仕方ないもんな」
すぐに表情を改めて、一夏は簪の頭を撫でていた手を離した。
「あっ……」
「ん? なんだ、もう少し撫でてほしいのか?」
こういえば恥ずかしがって無理にでも元気になると思っての発言だったのだが、簪は予想外の反応を示した。
「うん、もう少しだけ……」
「あ、あぁ……あと少しだけだぞ」
予想外の反応を示され、一夏の方が動揺する。それでも、撫でる手に力が篭ったり、雑になったりすることは無く、丁寧に簪の頭を撫で続けた。
「いいな~、かんちゃん。いっちー、私の頭も撫でて~」
「本音は自分の仕事をちゃんとこなしたらな。それで、刀奈さんの部屋なんだが、監視の意味も込めて俺たちと同部屋にしようと思うんだが、美紀はどう思う?」
「そうですね……同部屋にしておけば大人しくはなると思います。ですが、刀奈お姉ちゃんの事ですから、一夏さんの寝込みを襲おうなどと考えるかもしれません」
「その点は問題ないだろ。そんなことを思えないくらい説教するつもりだから」
「どの程度怒るのかわかりませんが、刀奈お姉ちゃんの心が折れるなんて事があり得るんですかね? むしろそれをバネに新しい悪戯を考えそうで怖いんですが……」
「ありえそうだが、少しは刀奈さんを信用しない事には始まらないからな。反省しなかったら織斑姉妹に差し出せばいいだけだし」
「兄さま、それは処刑とイコールなのでは?」
実の姉に対するイメージとしては最悪だが、マドカの認識は間違ってはいない。一夏もその意味を込めて言っているので、マドカの反応に笑みを浮かべた。
「最初から突き出さないだけマシだと思うが?」
「まぁ、裁判抜きの死刑確定はさすがに可哀想ですしね」
「兎に角、刀奈さんが京都に向かったのであれば、戦力として考えさせてもらおうと思っている」
「観光は? させるの?」
一夏に撫でられたままで、気持ちよさそうに目を細めながら簪が問う。
「そんなことはさせないさ。ホテルの監視として部屋で謹慎してもらう」
「何かあればすぐに連絡も出来るでしょうし、最適な人選だと思います」
「でもさ~、刀奈様が大人しく謹慎するかな~? シノノンとは違うけど、刀奈様もあまり人の話は聞かないタイプだと思うんだよね~」
「それは本音が絶対に言っちゃいけない事だとは思うけど、確かにお姉ちゃんは人の話を聞かないよね」
「本音が言ってはいけないと思いますが、刀奈お姉ちゃんは基本的には言う事を聞かないですよね」
「お前ら、本音をディスりながら刀奈さんもディスってないか?」
若干楽しそうに話す簪と美紀に対して、一夏はそんなツッコミを入れた。
「そんな事ないよ、一夏。それに、これくらいのディスりで大人しくなるなら、今頃学園に留まってくれてるはずだもん」
「そうですよ、一夏さん。刀奈お姉ちゃんはこれくらいのディスりは気にしませんから」
「やっぱディスってんじゃないかよ……」
一夏の呟きに、簪と美紀は顔を見合して笑ったのだった。
簪のデレが増えてきたな……