一夏の気配察知を掻い潜って逃げている可能性も鑑みて、虚は学園中を探し回り、そしてため息を吐いた。
「お嬢様……やはり、そう言う事ですか……」
「いったい何なんです? 刀奈さんがどこかに行ったのは分かりましたが、行き先に心当たりがあるのですよね?」
ため息を吐く虚の背後から、一夏が声を掛ける。行方不明というわけでもなさそうなので、その声は普段通り落ち着いたものだった。
「恐らくですが、一年生の荷物に紛れて、お嬢様は京都に行かれたのだと思います」
「……なんとなく分かりますが、何のために?」
あの人ならありえそうだという表情を浮かべながら、一夏が虚に尋ねる。
「お嬢様は一夏さんと旅行がしたいと仰られておりましたし、おそらくはそう言う事だと思われます」
「……どういう神経してるんですか、あの人は」
「学園の警備が手薄になるので、どうしても残ってほしいと説得はしてたのですが、どうやら逆効果だったようですね……」
「説教は俺の方でしておきます。すぐに追い返そうとしても、頑なに拒否するでしょうし、部屋は俺たちと同じで数日滞在させれば、文句も言いませんでしょうしね」
「ですが、四人部屋で既に四人決まっているのですし、お嬢様は何処で寝るのでしょうか?」
「俺がソファで寝ますので、刀奈さんは大人しくベッドで寝かせますよ」
一夏の案に、虚は顔を顰め一夏に詰め寄る。
「な、何です?」
「お嬢様をソファで寝かせれば問題ないと思いますよ? 一夏さんは普段から無理し過ぎなんですから、出先でくらいはゆっくりと休んでください」
「別に俺は、ソファでも十分休めますが……」
「駄目です。最悪、お嬢様は野宿でもさせておけば問題ありませんので」
「いやいや、女の子を野宿させるくらいなら、俺が外で寝ますって」
いくら勝手についてきたからといって、一夏は女子を外に追いやる事は考えていないようだった。その優しさは分かっていたが、虚はため息を堪えられなかった。
「一夏さん、お嬢様は今回、完全に自分のわがままで京都に同行したんですから、少しくらいキツメにしないと反省しませんよ?」
「亡国機業が攻めてきた時、刀奈さんがいれば大分違いますからね。まぁ、その分IS学園が襲われた時には、苦戦するでしょうが」
「指揮を執れる人が他にいませんからね……」
「虚さんは参謀タイプですしね」
織斑姉妹に碧は一年一組の担任と副担任と言う事で修学旅行に同行するし、真耶や紫陽花も同様だ。唯一刀奈の他に指揮が執れそうなのはナターシャだが、IS学園の戦力を完全には把握していないので、指揮を飛ばすには少し不安が残る。
「まぁ、殆どの確率で亡国機業は旅行先に攻め入ってくるでしょうし、万が一の時はISですっ飛んで帰ってきますから」
「緊急時じゃなければ大問題ですけど、それが可能ならお願いします」
超高速移動の訓練も積んでいるので、更識所属のメンバーだけなら数十分で京都とIS学園を行き来する事が可能なのだ。もちろん、何もない時にそんな移動をすれば、大問題となり日本政府から抗議が来るだろう。
「一夏さん、くれぐれもお嬢様の事を甘やかさないでくださいね」
「てか、俺が怒らなくても織斑姉妹にこっ酷く絞られるでしょうけどね」
「まったく……侵入者の処分もまだ終わってないというのに……」
「大人しく背後関係は吐いたようですし、更識の工場で働いてもらいましょうか」
「何時裏切るか分からないのに、ですか?」
虚の質問に、一夏は人の悪い笑みを浮かべた。
「裏切ってくれれば、容赦なく片づけられますから」
「そうですね。まぁ、今回は素直に白状した訳ですし、それでバッサリは可哀想ですしね」
「下働きとはいえ、ちゃんと給料は出しますから、文句は出ないと思いますけどね」
「軍人として、背後関係をあっさり吐くようでは、諜報にも使えませんしね」
虚が嘆かわしく呟くと、一夏は苦笑いを浮かべ反論する。
「訊問してきた相手が織斑千夏じゃ、大抵の人間は素直に白状するとは思いますけどね」
なにせドイツ軍所属のラウラですら、織斑姉妹には逆らわないようにしているのだ。軍属だろうが何だろうが、あの姉妹は恐怖の対象であることには変わらないのだろう。
「一夏さんがやっても、素直に白状したと思いますけどね」
「俺はそこまで恐怖を植え付けるとかはしませんよ? 白状しなければ、骨が一本ずつ外れていくだけですし」
「そっちの方がよほど怖いですよ」
見た目はそこまで怖そうではないが、一夏の訊問もなかなかに過激なのだ。産業スパイを見つけた時、一夏はその背後に何処の国がいるのかを吐かせる為、スパイの骨を一本ずつ外していったのだ。
「まさか三本でギブアップするとは思ってなかったですけどね……まだ外すつもりでいたのに、あっさりと白状して失禁するとは……スパイに向いていなかったんですかね」
「あれは、一夏さんの行動と表情が恐ろし過ぎただけだと思いますけどね……」
精神的に追い詰める為に、一夏は必要以上に楽しそうにスパイの骨を外していったのだ。その恐怖に耐えられなかったのも、仕方のない事ではないかと更識内では噂されているのだ。
「まぁ兎に角、あの侵入者たちの処遇は、俺たちが修学旅行から帰って来てからですかね。人事は俺個人では出来ませんし」
「そうですね。それまでは、あの場所で大人しくしてもらいましょう」
結局更識の仕事の話し合いのようになったが、一夏と虚は特に気にした様子も無く自分たちの部屋に戻っていったのだった。
織斑姉妹よりよっぽど怖いわ……