部屋で一人考え事をしていた刀奈に、取材から戻ってきた薫子が声を掛ける。
「何考えてるの、かっちゃん」
「薫子ちゃん……どうやったら一夏君と旅行が出来るかなーって」
「旅行って、修学旅行の事?」
「そうよ?」
なに当然の事を聞いているのか、という顔で薫子を見つめる刀奈、その表情を受けて薫子は呆れたような表情を浮かべる。
「修学旅行は一年の行事だし、かっちゃんがついて行くのは難しいと思うわよ? ましてや一年には織斑姉妹や小鳥遊先生もいるんだし、気配を殺して忍び込むのも不可能でしょうし」
「そもそもこっそりついて行くなんてつまらない事はしないわよ。私は堂々と一夏君と旅行したいの」
「あっ、そう……なら、今度の休みにでも更識君を誘って行けばいいじゃないの」
「今度の休みって、日帰り旅行じゃつまらないじゃない。泊まり込みで旅をするから楽しいんでしょ!」
「そんなこと私に言われても……そもそも更識君のスケジュール的に、泊まり込みでの旅行なんて出来るの?」
表向きは次期当主だが、本当は既に当主として動いている一夏のスケジュールは、薫子が心配したようにぎゅうぎゅうに詰まっている。その事を想いだした刀奈は、ガックリと膝を付きこの世の終わりと言わんばかりの表情に変わった。
「やっぱり、無理にでも修学旅行先に先回りして、一夏君を納得させるしか……」
「でもさ、生徒会長のかっちゃんが不在となると、かなりマズいんじゃないかな? 布仏先輩もカンカンになるだろうし」
「そうなのよね……虚ちゃんをどうにかして説得しないといけないのよね……」
ただ一夏と旅行がしたいという理由で、虚が納得するはずもない。だからと言って護衛だと言い張っても、簪や美紀、本音にマドカといった専用機持ちたちが一夏の周りにいるのだから、わざわざ刀奈が行く必要も無いと言われるだろう。
そして何より、学園が襲われる可能性もゼロではないのだ。一夏たちが不在となる以上、刀奈が学園を離れるのは得策とは言えないのだ。虚が刀奈の外出を認めるはずもない。
「そもそもかっちゃんは、何でそこまでして更識君と一緒にいたいの? 義姉弟だけの関係じゃないって事は知ってるけど、独占出来るとも思ってないんでしょ?」
薫子の問いかけに、刀奈は下げていた頭を上げて、薫子に視線を固定した。
「確かに私は一夏君の事を、義弟以上に思ってるし、それは私だけじゃないのも分かってる。誰か一人が一夏君の事を占領しようものなら、私たちは徒党を組んでその人を蹴落とすとも思ってる。だけど、それでも一緒にいたいって思うのは仕方ないと思うのよね。だって一夏君は私たちにとって、唯一の近しい同年代の異性だったし、どん底だった時を知ってるからこそ、守ってあげたいとも思うのよ。今は守ってあげる必要が無いくらいの動きは出来るけども、特定の条件が揃うとそれも出来なくなっちゃうし」
「確か、篠ノ之箒さんに対するトラウマだっけ? 幼児退行を起こすとか聞いたけど」
「彼女だけじゃないんだけどね」
オータムの事を話すわけにもいかないので、刀奈はその辺りを濁して話を続けていく。
「心配かけないように一夏君が振る舞ってるのも理解出来るし、そこらへんは男の子なんだなとも思う。でも、私たちは一夏君に無理をしてほしくないのよ。専用機の研究やその他いろいろで世界中を飛び回ることもある一夏君に、私たちと一緒にいる時だけは気を張らなくていいように、気が休まるようになってほしい。だから出来るだけ一緒に行動したいのよ」
「何だかいい話風に聞こえたけど、要するにかっちゃんが更識君と一緒にいたいだけなんでしょ?」
「……そこまでかみ砕くことは無いんじゃないかな」
自分の気持ちをうまく隠そうとしていたが、あっさりと薫子に見抜かれ、刀奈は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「更識君の事を大事に思ってるのは伝わったわよ。でも、それと仕事をしなくても良いはイコールにはならないと思うのよね」
「私だって仕事はちゃんとしてるわよ。でも、一夏君や虚ちゃんが優秀だから、私が仕事してないように思われてるだけだもん!」
「実際、何回かはサボってるんでしょ?」
「……はい」
サボってない、と言い切れないと自覚している為、刀奈は正直に頷く。先ほどから鋭い返しをしてくる薫子に、油断ならないという感情を懐き始めたのだった。
「兎に角今回は大人しく学園でお留守番をしてるべきだと思うよ? 副会長として絶大な信頼を得ている更識君が学園からいなくなるんだから、それに加えて生徒会長のかっちゃんまで不在となると、学園は混乱に陥ると思うのよ」
「……なにも無かったら、混乱も何もないと思うんだけど」
「何もない、って言いきれる状況じゃないんだし、生徒の長として、ここはかっちゃんは学園に残るのが正解だと私は思うな」
「そうなのよね……実は虚ちゃんにも同じことを言われてるのよね」
「なら、そうするしかないんじゃない?」
刀奈が虚に逆らえないと言う事は、薫子も知っている。だからこの話はこれでおしまいだと思い、薫子は今日集めてきた情報の整理に取り掛かったのだった。
一夏をゆっくり休ませたいという気持ちも含まれてます