一夏からの連絡を受け、千冬と千夏は急ぎ学園内に避難勧告を発令した。
「千冬さん、私たちも撃退の準備を!」
「いや、迎撃は一夏たちに任せ、我々は学園内に侵入してきた愚か者を捕らえる事だけに専念する」
「真耶、紫陽花の両名は生徒たちを安全な場所に誘導後、その入り口を守る事に専念するように」
「では、侵入者撃退は千冬さんと千夏さんの二人で?」
真耶の質問に、千冬たちは首を横に振った。
「小鳥遊とナターシャの両名も私たちと同じように侵入者捕獲に動く。だからお前たちは生徒の安全を第一に動くんだ、良いな?」
「「は、はい!」」
どれだけ私生活が残念であろうが、どれだけ弟に説教されていようが、これでも最強の称号を持つ者。いざという時の頼り甲斐はすさまじいものがあると、真耶と紫陽花は感じていた。
「千冬さん、専用機持ちたちはどうしましょう?」
「更識所属以外は他の生徒と同じく避難だ。連携訓練などを重点的にやっていないやつらなど、素人も同然だからな」
「分かりました」
千冬からの指示を受け、真耶と紫陽花は生徒たちを避難させるために職員室から飛び出していった。
「さて、一夏が指揮を執る更識勢の隙を突いて校内に侵入してくる不届き者はいるのだろうか」
「いてくれた方が、わたしたちは退屈せずに済むんだが」
「そんなこと言ってるから、一夏さんに呆れられるんですよ」
姉妹の会話に、聞き覚えのある声が割って入る。
「小鳥遊か……相変わらず我々に気配を掴ませないとは」
「さすが更識きっての隠形の使い手、という事か?」
「貴女たちが油断し過ぎなんですよ。ねっ、ナターシャさん」
「私は気配を消す事は出来ませんので、コメントを求められても困るのですが……」
碧同様に職員室へとやって来たナターシャが、困惑顔で碧からの問いかけに応える。
「しかし、アメリカの信用が地に落ちているのは、殆ど自業自得だと思うのだが」
「合同開発の権利を独占しようと、事故に見せかけた暴走で銀の福音とその操縦者であるナターシャを亡き者にしようとしたり、亡国機業のスパイを代表候補生にしたり」
「人を見る目にも問題はありますが、確かに信用の失墜はアメリカ政府の傲慢が原因であると、一夏さんも言っていましたしね」
自分が場違いではないかという懸念に襲われながらも、ナターシャは侵入者に備えるために精神を落ち着かせることにした。銀の福音は更識が――というか一夏が整備してくれていたので問題なく動く。VTSのお陰で勘が鈍っているという心配も無い。唯一の心配事は、攻め込んでくる相手が旧知なのではないかということ。既にアメリカには何の未練も無いナターシャだが、旧知の間柄では些か戦いにくいと感じなくもないのだ。
「大丈夫ですよ。貴女は私たちのフォローをしてくれればいいですから」
「は、はい」
心の裡を見透かしたように掛けられた碧の言葉に、ナターシャは緊張しながらも冷静に返事をしたのだった。
ぶっつけ本番となってしまったが、サラは自らの専用機であるセイレーンから説明を受けていた。
「つまり、霧の監獄を発動させる為には、この中の武器から空中に水をまき散らし、十分な湿気を作る必要があるのね?」
『それ以外にも、水や氷で幻影やら分身やらを作り、敵に破壊させることで湿気を作る事も可能だけど、一番はやはり攻撃しながら必要な湿気を作る事だな』
「その方が反撃されにくいし、相手の頭に血を上らせることが出来るからかしら?」
『さすがにその程度は分かるようね。せっかくこの世に生まれたんだから、少しは楽しませてくれるといいんだけど』
不吉な笑みを浮かべ――実際には見えないが――恐ろしい事をいうセイレーンに、サラは引き攣った笑みを浮かべる。
「貴女の伝承は聞いたことあるけど、何が目的だったの?」
『目的なんて無いわよ。ただ、私の見た目に騙されてホイホイついてくる愚か者を始末するのが楽しかっただけで、そこに理由なんて存在しない。ただ私が楽しいから騙して、楽しいから殺してただけ』
「狂ってるわね……」
ただ快楽の為だけに人を狩っていたというセイレーンに、サラは畏怖の念を抱く。もちろんISとなった今は、そのような事は操縦者のサラが命じない限り出来ないので、そこらへんは安心しているのだが。
『兎に角、更識に牙を剥こうだなんて愚か者、一人残らず骨にしてやりたい気分だけどね』
「今は幻覚を見せるだけでしょ」
『今は、ね……』
「その間は何よ……凄く怖いんだけど」
『更識製のISは、自立進化する機能を持っているから、貴女が私を使えば使う程に、私の能力は上がっていく。それはつまり、何時の日かは私個人で動くことも、敵を白骨化させることも可能と言う事なのよ』
不気味に笑うセイレーンに、サラは一夏に文句を言いたくなった。
「(もうちょっと可愛らしい性格にしてくれても良かったんじゃない? 更識君の趣味じゃないとは思うけど)」
更識製のISは心を持ち、所有者に話しかけてくる、と言う事は聞いていたが、まさかここまで黒い考えを持ったISがパートナーになるとは思ってなかったので、サラは若干困惑気味だった。
『ああ、リア充滅びないかな……』
「嫉妬だったの!?」
快楽で人を狩っていたのではなく、嫉妬だったと分かり、サラは驚きの声を上げたのだった。
その源が嫉妬とは……