翌朝、一夏は最終メンテナンスの為に整備室を訪れていた。専用機はほぼ完成しており、後はサラのデータを打ち込めば、完全に専用機として完成するところまで来ている。だが一夏は、サラのデータを打ち込む前にやり残しは無いか、欠陥は無いかのチェックを長時間かけて行いたいと思っていたのだ。
「相変わらず心配性ですね、一夏さんは」
「俺が乗るわけじゃないからな。万が一欠陥があっても、俺が乗ってる分には自業自得で済む。だが他人様を乗せる機体を造るんだ。万が一でも欠陥があってはいけないだろ」
「私は乗られる側ですので、何とも言えませんけど。ですが、一夏さんの作業に万が一などありえないと言い切れるだけの信頼はあります」
自らも一夏に造られ、そして一夏にメンテナンスされている闇鴉が自信満々に言い切ると、一夏は少し恥ずかしそうに頭を掻き、それでもチェックの手を止める事は無かった。
「しかし一夏さん、本当にこんなことが出来るのですか?」
「直情的な相手程かかりやすい幻術だからな。戦いだけに集中してるような相手なら効くだろう」
「つまり、篠ノ之箒やオータムといった、すぐ激昂するような相手になら有効だと?」
「名指しするつもりは無いが、その二人には効きやすいだろうな」
セイレーンに積まれた新兵器のデータを見ながら、一夏と闇鴉は亡国機業の二人を思い浮かべていた。
「しかし、こんな幻覚を見せられても、普通の人ならすぐに偽りだと分かりそうなものですが……」
「だから冷静な相手には効かないって言っただろ。殆ど遊びのようなものだし、発表は出来ない」
「設定を変えるだけで、恐怖体験も幸福体験も出来る兵器なんて、ある意味夢物語だと思いますが」
「夢物語ね……」
闇鴉のセリフを鸚鵡返しのように繰り返し、一夏は最終チェックを終える。繋がれていたケーブルを一旦外すと、一夏の脳内にセイレーンの声が響き渡る。
『私の所有者はどんな人なの?』
「元イギリス代表候補生で、実力は十分の人だよ。性格も特に問題は無いし、すぐに仲良くなれるとは思う」
『ふーん……リア充なんて全て消し去ってやりたいわね』
「……もしかして君の伝承って、ボッチが寂しいから人を攫ってたのか?」
『そんなんじゃないわよ! でも、楽しそうにやってくる人たちを見て、イラッとしたのは確かかもね』
「一夏さん、また物騒な仲間が増えましたね……」
「自立進化して、冷静な相手にも幻覚を見せられるようになるかもしれないな……」
セイレーンの性格を知り、一夏と闇鴉は苦笑いを浮かべながらそんなことを思ったのだった。
二時限目が終わり、織斑姉妹が教室から出ていくのと入れ替わるように、一夏が教室にやって来た。
「あれ、いっちーだ。もうメンテナンスは終わったの~?」
「後は放課後にフィッテングとパーソナライズをして、試運転を済ませれば完成だな」
「相変わらず末恐ろしい程の速さだね~」
「そう言えば本音、昨日はお前が護衛だったはずだが、何で来なかったんだ?」
昨日の晩に美紀と話したことを思いだし、一夏はそんなことを尋ねた。
「あれ? 私だったっけ~? よく覚えてないな~」
「間違いなく本音が担当だったわよ。一昨日は私、今日は碧さんが担当なんだから、昨日は本音でしょ」
「そうだったんだ~。ゴメンねいっちー、昨日忘れてて~」
「別に構わない。闇鴉がいたし、そもそも学園内で襲ってくるような相手もいないしな」
そう言って一夏は、空席になっている篠ノ之箒の席に視線を向けた。彼の事を学園内で襲ってきたとすれば、彼女くらいだったので、今は学園内での護衛はあまり必要としていないのだ。
「亡国機業のスパイだったダリル・ケイシーもいなくなりましたし、確かに安全かもしれません。でも、本音はもう少し自分の仕事をちゃんと務めてくださいよ? 生徒会の仕事もしてないと、虚さんから聞きました」
「あれは~、私がやっても仕事が増えるだけだから、あえてやってないんだよ~」
「確かに本音がやってもあまり進まなくて、俺や虚さんがフォローする事になるだろうが、だからと言ってやらなくていい訳じゃないんだがな」
「私には、かんちゃんの相手という大切なお仕事があるんだよ~。いっちーの護衛や生徒会役員である前に、私はかんちゃんのメイドさんなのだから~」
「そのメイドの仕事も、殆どしてないだろうがお前は……」
一夏のツッコミに、本音はゆっくりと視線を逸らした。
「兄さま、本音に何を言っても無駄だと思いますが」
「あー! 酷いマドマド~! 私だってやれば出来る子なんだぞ~!」
「そういうのは自分でいうものじゃないだろ……」
「兎に角、本音はもう少し護衛と生徒会の仕事に興味を持ってください! 昨日本音がサボった所為で、一夏さんが部屋に戻ってきたのが消灯時間ギリギリだったんですからね」
「いっちーが研究に没頭するのは、私がサボった事と関係ないじゃんか~!」
「本音がいれば、お腹すいたとか遊んでとか良い具合に邪魔をするから、一夏さんも集中出来ないと思います」
「それって褒められてない気がするんだよね~」
「褒めてないんですから当然です」
美紀の手厳しい言葉に、本音は少し頬を膨らませて抗議しようとしたが、面倒だと思ったのかそのまま何も言わずに微笑んだのだった。
「兎に角、これでいっちーも授業に出られるんだね~」
「そうだな。サラ先輩に動かした感想を聞いて、特に問題が無ければな」
一夏の返事に、本音だけではなくクラスメイト全員が顔を綻ばせたのを、一夏だけは気づかずにいたのだった。
リア充爆発しろー! が原因で白骨化させられたら、それはそれで未練が……