暗部の一夏君   作:猫林13世

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忙しくなってしまったので、仕方ないんですけどね……


感じる距離

 選考合宿に参加している中で、刀奈は最年少だった。当たり前だが、他に小学生などおらず、一番歳の近い相手でも高校生だ。

 

「(何だか凄いところに来ちゃったわね……)」

 

 

 ISに乗りたいから、という理由で選考合宿に参加希望を出した刀奈としては、これほどまでに敵意剥き出しの中に放り込まれるのは困った状況だった。

 

「これより、ISの適性を計りますので、呼ばれた者から別室に移動するように。また、この適性値である程度の者は振るい落とされるので覚悟しておくように」

 

 

 試験官らしき人にそう言われ、刀奈は周りを見渡す。ある程度の測定は済ませてからの選考合宿に呼ばれたのに、更に測定して振るい落とされるなどと思ってなかった人間がちらほらと見受けられた。

 

「(ISに対する適性じゃないわよね……そうなると、いったい何の適性なのかしら)」

 

 

 ここにいる者の大半はIS適性がB以上のはずなので、今更適性値で振いに掛けられるなんておかしな話なのだ。そんな事を考えながらも、刀奈は特に緊張もせず名前を呼ばれるのを待っていた。

 

「次、更識刀奈」

 

「はい」

 

 

 漸く名前が呼ばれ、刀奈は別室に移動する。その際残っていた参加者に不審な眼で見られたが、別に気にする事もなく移動する事が出来た。

 

「(小学生が参加してるのが不思議なんでしょうね。悪いけど、私はそんな事で怯えるような性格じゃないのよ)」

 

 

 元更識家次期当主候補だったからか、大人から値踏みされるような視線を向けられる事に慣れているのだ。高校生を大人というのは可哀想かもしれないが、小学生の刀奈から見れば、十分高校生は大人だった。

 

「(適性検査って、何よこれ……)」

 

 

 移動先の部屋に待ち構えていたのは、現日本代表の二人、織斑千冬と千夏姉妹だった。

 

「(つまり、この二人に恐れを抱く事無く代表選考合宿に集中出来るかって事なの?)」

 

「ほう、更識の小娘か」

 

「貴様がこの合宿に参加するとはな……確か一夏より一つ年上だったと記憶しているが」

 

「間違いありません。私は一夏君より一つだけ年上です」

 

「つまり、小六か……選考基準はクリアしてるのだし、歳は気にしないでおこう」

 

 

 色々と質問されたが、刀奈は詰まる事無く返答した。

 

「よし、お前は合格だな」

 

「あちらの部屋に進むがいい」

 

 

 千冬・千夏から合格を言い渡され、刀奈は合格者がいる部屋へと案内された。

 

「(殆どの人が合格なのね……でも、私より先に検査を受けた人で、ここにいない人もいる……)」

 

 

 振るい落とされたのだろうと理解した刀奈は、改めて合宿に対する気合いを心の中で入れ直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀奈が合宿に参加しているので、更識家では騒がしいと評される人物は本音だけになっていた。

 

「美紀ちゃん、遊ぼうよ~!」

 

「本音ちゃん、せめて宿題を終わらせてからいいなよ。今日も宿題忘れて先生に怒られてたでしょ」

 

「別に気にしないよ~。だって最悪いっちーに教えてもらえば良いんだしね」

 

「虚さんに言い付けるよ?」

 

「か、かんちゃん……怖い事言わないでよ」

 

 

 一夏が「織斑」では無くなったので、本音は一夏の事を「おりむ~」とではなく「いっちー」と呼ぶようになっていた。他の二人は元々名前で呼んでいたので、一夏の苗字が変わってもさほど不便には思っていなかった。

 

「一夏さんが次期当主候補か……」

 

「美紀がなりたかった?」

 

「ううん、そんな事無いよ。むしろ簪ちゃんがなりたいんじゃないの?」

 

「まさか。お姉ちゃんが候補だったんだから、それを変更したとしても私にはならないよ」

 

「かんちゃん、美紀ちゃん、これってどう解くの?」

 

 

 既に学力的に落ちこぼれている本音は、簪と美紀に質問を繰り返していた。

 

「本音、このままじゃ一緒の高校に進学できないかもよ」

 

「まだ中学生にもなって無いだから、かんちゃんは心配性だな~」

 

「でも本音ちゃん。来年にはIS学園が開校になるし、あの学園も一応は学力試験はあるって噂だよ?」

 

「……いっちーに家庭教師してもらうから」

 

「「はぁ……」」

 

 

 美紀もさほど成績が良いわけではないが、それでも本音ほど落ちこぼれてはいない。そして始める前から他力本願な本音に、簪と同様に呆れてしまったのだ。

 

「おね~ちゃんだっていっちーに教わってるんだから、私が教わってもなにもおかしくは無いよ~!」

 

「虚さんは専門的な知識を一夏から教わってるだけで、基礎は自分で勉強してたよ」

 

「刀奈お姉ちゃんの補佐をしたいって、昔からしっかり勉強してたしね」

 

「……おね~ちゃんと私とじゃ、そもそもの出来が違うんだよ~!」

 

「私がどうかしました?」

 

 

 本音の泣きごとが聞こえたのか、虚が部屋に入ってきた。

 

「虚さんと本音とじゃ、元々の頭の出来が違うって本音が泣きごとを言ってただけですよ」

 

「私だって勉強したんです。元々出来るように思われるのは心外です」

 

「だから本音ちゃんも頑張るしかないんだよ」

 

「ほえ~……」

 

 

 本音の口から何か出て行ったような幻覚を見た、と思ったが、次の瞬間にはそんな事は気にならなくなっていた。

 

「虚さん、ちょっといいですか……っと、なにしてるんだ、本音は?」

 

「見ての通りですよ、一夏さん」

 

「はぁ……」

 

「勉強したくないよ~……」

 

 

 机に突っ伏している本音を見て、一夏は気の抜けたような言葉を漏らした。それ以上の興味を失ったようで、一夏は虚を連れて部屋から出ていってしまった。

 

「忙しそうですね、一夏さんは」

 

「そうだね……昔みたいにみんなで遊ぶ時間もないくらいにね……」

 

 

 少し寂しそうな簪に、美紀はなんて声をかければいいのか分からなくなってしまったのだった。




寂しい、と思ってしまうのも仕方ないのかな……

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