束からの呼び出しで、調子に乗っていた女性を粛正した織斑姉妹は、やり切った顔で束のラボからIS学園へと戻ってきた。
「どちらに行っていたのですか?」
「調子に乗っている不届き者がいると知らされてな。ちょっと上空まで」
「普通の人間には不可能ですからね、そのセリフ」
織斑姉妹を出迎えたのは、粛正しに行くきっかけを作った、最愛の弟である一夏だった。
「山田先生から泣きつかれたんですが」
「真耶から? 何があったというのだ」
本気で分からないと言う顔で首を傾げた千冬と千夏を見て、一夏が盛大にため息を吐いた。
「約束した時間になっても貴女たちが職員室に来ないと言ってましたよ。何か約束をしてたんじゃないんですか?」
「真耶と約束か……」
腕を組み考え込んだ織斑姉妹。数十秒考えて、漸く思い至ったのか、ポンと音を立てて手を叩きしきりに頷いた。
「溜まってた仕事を片付ける約束をしてたな。すっかり忘れていた」
「それで、真耶は今も待ってるのか?」
「……待ってるわけないでしょうが。今何時だと思ってるんですか」
「そうだな……日の傾きからから察するに、そろそろ十九時か?」
「そんな特殊能力は必要ないでしょうが……時計くらい持ってないんですか?」
現時刻を正確に当てた千冬に、一夏は呆れながら腕時計を見せる。正解した事に気をよくした千冬は、そのまま寮長室へ戻ろうとした。
「まだ話は終わってないですよ」
だがもちろん、そんな分かり切った逃亡を一夏が許すはずも無く、あっさりと行く手を阻まれてしまったのだった。
「せっかく刀奈さんが今日はオフにしてくれたのに、結局書類整理を手伝う羽目になったんですけど?」
「何!? 真耶と二人きりで作業したというのか!」
「碧さんや五月七日先生も手伝ってくれましたけど、本来は貴女方の仕事ですよね? それを放って何処で油を売っていたんですかね? まぁ、だいたいは見当つきますけど」
「束に呼ばれて、お前に対して不遜な態度を取った不届き物を粛正にな。社会的に抹殺してやろうかとも思ったがな」
「まぁ、さすがにそこまでやったらお前に怒られると思って、物理的に始末するかとも考えたが、結局は執行猶予で済ませたがな」
自重した事を褒めろと言わんばかりに、双子はそろって胸を張った。だが一夏は、何を偉そうにしているのかと本気で頭を抱えたくなっていたのだった。
「貴女方が望んでこんな風になったわけではないのは分かってますが、今の世の中を作り上げた原因は貴女方姉妹と、篠ノ之束が原因なんですよ? 篠ノ之束がISを世界に発表し、その発表会を千冬先生が手伝い、更には第一回モンド・グロッソで貴女方が無双するものだから、女性が強いと勘違いしてしまったんですけど? まぁ、卑屈になった男性にも問題はあると思いますが、女尊男卑の風潮の元となっているのは、貴方たち姉妹と束さんって自覚あるんですか?」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか……」
「わたしたちだって、こんな世の中になるとは思ってなかったんだ……」
「まぁ、ISも元々は宇宙開発のためのパワードスーツのはずだったんですから、束さんもこんな世の中を望んでいたとは思いませんが……」
本来の目的を知っている一夏としては、何時かその流れに戻したいと考えている節もある。だが今ISの路線を変更すると、更識企業が成り立たなくなる可能性があるのだ。社員何千、何万と抱える大企業のトップとして、今はその時ではないと踏み切れずにいるのだった。
「大企業のトップともなると、考えてる事が違うな……とても高校生の言葉とは思えん」
「感心してる風を装っても駄目です。今から碧さんと二人でお説教しますから、大人しく寮長室までついて来てください」
「せめて、お前一人にはならんのか? 小鳥遊に怒られるのはちょっと……」
「駄目ですよ、千冬さん。私も貴女たちの仕事を肩代わりしたんですから、説教する権利があると思うんですよ」
「何時の間に……」
「最初からいたに決まってるじゃないですか。これでも私は、一夏さんの護衛なんですから」
何を当然の事を聞くんだと言わんばかりに、碧が二人の前に詰め寄る。一夏も特に気にした様子も無く、すたすたと寮長室までの廊下を進んでいく。
「なぁ一夏……」
「学校では更識と呼んでください」
「別にいいだろ。今日は休日で、身内しかいないんだから」
「部屋の中なら別にいいですけど、ここはまだ廊下です。他の生徒に聞かれるかもしれないんですから、せめてものけじめはつけてくださいよ」
一夏もしっかりと敬語を使っているし、千冬先生という呼び方をした。弟がけじめをつけているのだから、姉としてこれ以上ダメさ加減を見せる訳にもいかないと、千冬は小さく頷いて一夏の後に続き寮長室までの廊下を歩き進める。その千冬の後に千夏が続き、殿に碧が続いた。引く縄も無ければ強制もしていないのだが、その光景は間違いなく「連行」だった。
「しかしな、更識……お前の為にわたしたちは……」
「誰も頼んでませんし、半分は憂さ晴らしだったんじゃないんですか?」
「何故それを!?」
「……本当にそうだったんですか」
一夏としては冗談のつもりだったのだが、千夏があっさりと認めた為、カマを掛けた一夏の方が驚いてしまったのだった。
出来る弟を持つと姉も大変そうだな……