暗部の一夏君   作:猫林13世

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実力者ですからね、実感はあまりなさそうですが


成長する美紀

 一夏が出かけているからと言って、訓練は中止にはならない。むしろ一夏がいないからこそ、訓練は真剣にやるべきだと考え、簪と美紀は朝からアリーナを使って訓練を積んでいた。

 

「少し休憩にしましょうか」

 

「そうだね。やっぱり簪ちゃんには敵わないな」

 

「そんなことないと思うけど。美紀だって十分強くなってるよ」

 

 

 この二人の対戦成績は、簪が大きく勝ち越してはいるが、内容は毎回ほぼ互角。少しでも気を緩めれば一気に持っていかれるという危機感を持って簪が挑んでいる分、簪が勝っているだけなのだ。

 

「強くなってるという実感はあまりないけど、簪ちゃんがそう言うならきっとそうなんだろうね」

 

「美紀相手だと気を抜けないからね。少しでも油断すれば命取りになりかねないもん」

 

「私だって本気で行ってるんだけどなぁ……やっぱり簪ちゃん相手だと分が悪いのかな」

 

 

 美紀の悩みを聞いて、簪はますます気が抜けないと思った。美紀の実力は自分と大差ないので、自分相手に対策を立ててくるのは分かる。その対策が功を制したら、今度は自分が連敗を重ねるだろうと思っている。だから簪も、美紀相手に対策を練り、相手の上を行けるよう努力しているのだった。

 

「さすが次期代表が内定してると噂されるペアの訓練ね。凄い気合いが入ってるわよ」

 

「碧さん。いたんですか?」

 

「最初からね。一夏さんから、二人の訓練を見て何かアドバイス出来そうならしてあげてって頼まれたのよ」

 

「全然気づきませんでした……やはり碧さんが本気で気配を消したら、私じゃ捉えられませんね」

 

「こればっかりは経験の差よ。私の方が年上だから、その分の経験の差が出てるだけよ。美紀ちゃんだって、もっと訓練すれば私なんかあっという間に追い抜いちゃうわよ」

 

 

 これは碧の本音でもある。美紀の周囲への警戒心は、ある意味で碧以上に研ぎ澄まされている。それでも碧が彼女の気配探知から逃れられるのは、経験の差が大きいからだと本気で思っているのだ。

 

「そうだと良いのですが……今日だって本当は一夏さんの護衛としてついて行こうとも思ったのですが、一夏さんの方が気配探知能力が上ですし、私程度じゃ尾行もままならないですからね……」

 

「私も今日は自重したわよ。最強の国家代表と最高峰の企業代表が一緒なんですもの。例え襲われたとしても大丈夫だよ」

 

「虚さんは兎も角、お姉ちゃんはたまにとんでもないヘマをするから、そこが心配なんだよね」

 

 

 刀奈本人が聞いたら、憤慨しそうなことを平然と簪が言い放つ。美紀はその言葉に顔を引き攣らせながらも、小さく頷いて同意を示したのだった。

 

「確かに刀奈お姉ちゃんは強いですし、警戒心も高いので安心は出来ます。ですが、刀奈お姉ちゃんはその警戒心を常に保っているわけではないので、その隙を突かれたらと思うと……」

 

「一夏さんと虚ちゃんが警戒心を強めてるからこそ、刀奈ちゃんは少し緩めても大丈夫だと思ってるんだと思うけどね。でも、さすがに外に出てるんだから、刀奈ちゃんだって警戒心を保ってると思うわよ」

 

「だと良いのですが……」

 

 

 碧のフォローに少しは気が和らいだのか、美紀の表情に明るさが戻ってきた。だが完全に不安は払拭出来ていないのは碧にも分かっていたので、彼女は心の中で刀奈に念じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 非常に居心地の悪い中での昼食を済ませた一夏たちは、簪たちへのお土産を買いに近所のデパートを訪れていた。

 

「?」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、誰かに呼ばれた気がして……気のせいかしら」

 

 

 辺りを見渡したが、知り合いなどいるはずもないと思い直し、刀奈が小さく首を傾げた。

 

「とりあえず、ケーキで良いんですよね? 幾つですか?」

 

「お土産の前に、少しお店を回ってみましょうよ。何か欲しいものがあるかもしれないし」

 

「……あまり遊んでる時間は無いんですが」

 

「いいじゃないの。今日は少しくらいISの事は忘れて。忙しいなら簪ちゃんや、もちろん私だって手伝うから」

 

「簪は兎も角、刀奈さんは邪魔しに来るんじゃないですか?」

 

「酷いっ!?」

 

 

 一夏の表情を見れば、それが冗談だと分かったので、刀奈も冗談めかして顔を覆って見せた。

 

「一夏君の中では、私より簪ちゃんの方が役に立つと思ってるのね?」

 

「整備の面では、間違いなく簪の方が上だと思いますが」

 

「だよねー。簪ちゃんは私の自慢の妹だもん。戦闘面だけじゃなくって、開発面だって優秀なんだから」

 

 

 演技に飽きたのか、刀奈も簪の凄さを自慢し始める。だがここにいるのは既に簪の凄さを知っている二人なので、刀奈も必要以上に熱くなることは無かった。

 

「そう言えば夏休み、大して遊べなかったわね」

 

「今更ですか? まぁ、色々と忙しかったですし、仕方なかったと諦めてください」

 

「せめて一夏君と旅行くらいしたかったなー」

 

「フランスに行ったじゃないですか」

 

「あれは合宿で私がいたところに、仕事で一夏君が来ただけでしょー! ……そう言えば、一夏君たちはそろそろ修学旅行なのよね」

 

「分かってるとは思いますが、お嬢様。お嬢様は二年生で修学旅行は関係ありませんからね?」

 

「分かってるって。でも、簪ちゃんたちは一夏君と旅行に行けるなんて……羨ましいわね」

 

 

 何か企んでいるのだろうと、一夏と虚は顔を見合わせてため息を吐いた。だが結局は刀奈の企みを容認してしまう二人は、結局甘いのだろう。




保護者みたいな二人……

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