サラの専用機製造に勤しむ一夏だったが、現実問題として、ずっとその事に没頭していられるわけではない。何時亡国機業が攻め込んでくるのか分からない状況で、睡眠不足に陥るのは避けなければならないし、何よりもうすぐ修学旅行なのだ。
「一夏さん、そろそろ休んだ方が良いですよ。今日は生徒会の仕事もしてましたし、サラ先輩の専用機製造も、とりあえずの目途は立ったんですから」
「目途が立ったと言っても、まだ何も手を付けてない状況だからな。最低限、コアだけは今日中に用意しておきたかったんだが……」
「仕方ないですよ。織斑姉妹は一夏さんがコアを造れる事を知らないんですから」
生徒会の仕事が一段落し、専用機製造に取り組もうと整備室へ向かう途中で、織斑姉妹が一夏に話しかけてきたのだ。普段なら相手をしない一夏だが、今日の話は全くの無関係とはいえない内容だったので、仕方なく話を聞いていたのだった。
「篠ノ之博士が大量の無人機を用意してる、でしたっけ?」
「何に使うのか、だいたいは分かるんだが、余計なお世話でしかないから電話で黙らせたんだがな……大人しくしてくれるかどうか……」
基本的に、言えば分かる相手だと一夏も理解しているので、とりあえずは安心しているのだが、たまにとんでもない事をしでかすので、全面的に安心とはいかなかったのだ。
「それに、修学旅行の事もありますからね」
「旅行なんて楽しんでる場合じゃないと思うんだが」
「仕方ないですよ、学校行事なんですから」
美紀のツッコミに、一夏はやれやれと呆れた顔で首を振る。過去の事例を見ても、学校行事が襲われているのだから、この際中止でも良いのではないかと学校側に進言したのだが、IS学園には海外からの学生も多いので、日本観光をさせるべきだと言われ、結局は修学旅行は予定通り行われる事になったのだった。
「観光も何も、遊びに来てるわけじゃないだろうが」
「IS操縦者の卵とはいえ、学生ですからね。偶の息抜きは必要だと思いますよ」
「息抜きばっかだと思うが……そもそも国の威信を掛けて来てるわけだろ、海外組は。日本観光なんかして時間を無駄にするくらいなら、少しでも実力を磨いてた方が良いんじゃないか?」
セシリアや鈴、ラウラといった海外組は、修学旅行を楽しみにしているとの噂を聞いている一夏は、そんなのんきな事を考えてて良いのかと思ったのだった。そもそも鈴は、数年とはいえ日本に住んでいたのだから、今更日本観光など興味ないと思っていたのだが、意外な事に修学旅行を楽しみにしているらしいのだ。
「簪ちゃんや本音も、修学旅行は楽しみにしてるみたいですし、一夏さんもその時ばかりは家の事や亡国機業の事は忘れて、楽しんだ方が良いですよ」
「いや、他の人が忘れてるからこそ、俺がしっかりと覚えてなければいけないと思うんだが……簪や本音が楽しんでいるのなら尚更な」
「さすがご当主様ですね。ですが、一夏さんもここでは学生なのですから、少しくらいは学校行事を楽しんだ方が良いと思いますよ」
「学生である前に一企業の代表だからな。そんな悠長な事はしてられない」
学生になる前から代表を務めているので、この表現は間違えではなかった。美紀もその事が分かっているので、その事に関してはツッコミを入れなかった。
「それで一夏さん、サラ先輩の専用機は、やっぱり遠距離主体の機体になるんですか?」
「本人がそれを希望しているからな。まぁ、ギリシャ側も特に戦い方を強制するつもりは無いと言っているし、イギリスで学んだことをギリシャに反映してもらうとでも考えているのだろう」
「他国の情報を得るのは、何処の国も苦戦してるようですからね」
「その点、更識は無所属扱いだから情報収集が楽で助かる。まぁ、何処の国にも情報を流さないという信頼があってからこそだがな」
「日本政府が執拗に聞いてきますが、そのうち大人しくなるでしょうしね」
日本の企業ではあるが、更識は海外にも拠点を持つ大企業になっている。しかも現フランス代表候補生が更識所属で、元フランス代表候補生が更識企業の子会社の社長と言う事もあって、フランスや近隣諸国との関係も非常に安定している。また、技術提供とまではいかないが、時折他国の企業からの相談に応えたりもしているので、どの国も安心して更識企業には自国の情報を渡しているのだ。
もちろん、国の運営などに関わることは教えないが、その辺りは当然の事として一夏も理解しているし、もし簡単にそう言った情報まで教えて来る国があったとしたら、一夏はその国と関係を持つことを止めるだろうと彼の周りでは思われている。
「とりあえず、サラ先輩の専用機のプログラムはある程度組み終わったし、今日はもう休むことに――」
パソコンの電源を落とし、今日は休もうと思った一夏は、外に人の気配を感じて扉に近づいた。
「何方ですか?」
『一夏君、起きてた? 刀奈だけど、ちょっといいかしら』
「はい、どうぞ」
気配も完全に刀奈のものだったので、一夏は特に警戒もせずに扉を開け刀奈を部屋に招き入れた。もちろん、美紀は何が起こってもすぐに動けるように構えていたのだが、扉の向こうには刀奈一人しかいなかったので、それを確認してすぐに警戒態勢を解いたのだった。
「えっとね……ちょっと前に薫子ちゃんから頼まれてたのを、一夏君に伝えるのをすっかり忘れてたんだけどね」
「なんです?」
「今度の日曜日に、一夏君と私、そして虚ちゃんにインタビューしたいって薫子ちゃんのお姉さんが言って来てるのよ」
「……既に承諾した後なのですね?」
刀奈の雰囲気から、既に断ることが出来ないと理解した一夏は、小さくため息を吐いたのだった。
このイベント、すっかり忘れてた……