さんざん悩んだ結果、出てきた疑問を一夏に聞いてから決断しようと決めた。善は急げということで、そう決めてすぐに一夏の部屋を訪ねた。
「夜分にすみません、更識君」
「構いませんよ。結構夜行性な部分があるので、時間は気にしなくても良いですよ」
書類整理をしていたのか、一夏の背後には紙の山が出来ている。だが隠そうともしないのを考えると、サラが見ても問題は無いものなのだろう。
「ルームメイトは? 確か四月一日さんが一緒だったよね?」
「美紀なら今、更識所属の面々と一緒に風呂に行ってますよ。どうやら反省会をするからという理由で、消灯後に風呂に入れるように織斑姉妹と交渉してましたし」
「そうなの? って、反省会ってなに?」
サラから見れば、更識所属の面々の動きは完璧で、反省する箇所など無いように思えていた。だが刀奈たちには反省点が多くあるようで、誰の耳も気にすることなく反省するには、消灯時間以降の方が安心できるのだ。
「ちなみに、今日サラ先輩がくるかもしれないって事も織斑姉妹には言ってありますので、そんなにびくびくする必要は無いですよ」
「そうなの? てか、何で私が来るって分かってたの?」
「香澄の専用機、久延毘古の特殊能力ですよ。未来予知とでも言えば分かりますかね」
「すっごく便利そうね、その機能」
「その分処理しなきゃいけない情報が多すぎて、普通の人間には使えませんけど」
苦笑いを浮かべながら、立ち話もなんだからと一夏が言いだし、サラを部屋に招き入れた。
「今更だけど、その書類って私が見てもいいものなの?」
「じっくりと読まれるのは困りますが、完全記憶能力があるわけじゃないんですし、構いませんよ」
「そんな能力があるなら、私だってもっと成績上位に名を連ねてるわよ」
別に頭が悪い訳ではないが、一夏や刀奈のようにほぼ全教科満点の化け物と比べればと思っているのだった。
「代表に必要なのは操縦技術ですから、そこは気にし過ぎな気もしますがね」
「慰めは良いわよ。それで、質問が幾つかあるんだけど、良いかしら?」
「構いませんよ」
コーヒーをサラの前に置き、自分の分もテーブルに置いて一口啜った。
「砂糖とかミルクは使います?」
「少しだけもらえる?」
自分はブラックで飲むので、一夏は最初から砂糖やミルクを用意していなかった。何時までも飲もうとしなかったので、漸くブラックでは飲めないのかと気が付いたのだ。
「虚さんもブラックで飲んでるので、すっかり失念していました」
「構わないわよ。更識君は大人の世界で生活してるから、ブラックで飲むのが当たり前だったんだよね」
笑顔で砂糖とミルクを受け取り、サラは一夏をフォローするコメントをする。一夏もフォローされていると自覚し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「それで、質問とは?」
「まず初めに、ギリシャ代表になるにあたって、イギリスと軋轢が生まれるとか言う事はないわよね?」
「大丈夫ですよ。その辺りは既に交渉済みですので。サラ先輩が移籍したというなら、イギリス政府は素直に出すと言ってくれています」
「そう……仕事が早いわね」
引き留められないと知り、サラは少し寂しいと思ってしまった。自分が実力的に劣るのだから、セシリアが残るのなら自分などどうでも良いのだろうと思ってしまったのだった。
「素直に認めてくれたわけではありませんよ。セシリアをより更識で鍛えるという条件で、サラ先輩の移籍を認めてもらったんです」
「フォローしてもらうとは……先輩失格ね」
「さっきフォローしてもらったんで、これでトントンです。それで、他の質問は?」
「ギリシャはコアを一つ失ったわけだけど、そのあたりはどうなるの?」
「こちらの落ち度なので、更識で一つ用意する事で話が付いています。もしサラ先輩が望むのでしたら、専用機製造は更識が受け持ちますが」
この提案は、サラにとっても嬉しいものだった。専用機が持てるというだけでも嬉しい事だが、その専用機が更識製となれば、そのうれしさは数段跳ね上がる。
「是非お願いします」
「分かりました。ギリシャ政府に連絡を入れておきますので、追々希望などを聞きに行きますね」
一夏が簡単に受け入れたことに疑問を覚えながらも、彼が開発・営業担当であることを思いだして確かめる事はしなかった。
「では最後に、私はギリシャに移籍するとして、ギリシャ国内から不満が出たりしないの?」
「フォルテ・サファイアが次期候補筆頭だったので、それ以下の候補を代表に上げるより、他国から有力者を引っ張ってくる方が効率的だという声が多いようですので、その辺りは問題ないですよ」
「そう、分かったわ。じゃあ更識君、私の移籍に関する手続きを進めちゃっていいわよ」
「分かりました。ではサラ先輩、この書類に目を通して置いて、署名とハンコが必要なものもありますので、それもしておいてください」
「分かったわ。てか、準備早いわね」
一夏から手渡された書類の束を見て、サラは苦笑いを浮かべながらそんなことを呟いた。
「移籍するという事を確信していました――というか、知ってましたから」
「ああ、未来予知ね」
更識企業が造りあげた技術を思い出し、サラはもう一度苦笑いを浮かべて部屋から出て行ったのだった。
一夏は、ギリあの機能を使えますから