サラがギリシャの代表を引き受けた時の為に、一夏はギリシャ政府との交渉を進めていた。
『つまり、更識でコアは用意してくれると言う事か?』
「今回はこちらの落ち度ですし、それくらいなら他国も納得すると思いますよ」
『出来ればそちらで専用機も用意してくれれば最高なのだが』
「そこまでは出来ないと思いますよ。既にフランスの候補生にISを提供してるのですから、これ以上日本以外の代表にISを提供するのは日本政府が良い顔しないと思います」
一夏が告げた心配事に、ギリシャ政府の人間は頷き肯定した。
『だが、日本政府が力を貸さなかった所為で、我が国の有望株が闇組織に身を落としたのだ。それくらいの我が儘は通してもらってもいいのではないか?』
「その辺りは我々ではなくそちらが交渉してください。許可が出れば、我々はISを提供させていただきますよ」
一夏としても、IS学園所属の専用機持ちが二人も減ってしまったので、更識所属の人間が増えるのであれば歓迎するつもりだ。だが日本政府がこれ以上他国に更識所属を増やすのに良い顔をしないと考えている。更識は日本政府とは深い関係ではないのだが、日本の企業なので他国に技術提供するのは面白くないのだろう。
『フランスの候補生はそちらが買収したデュノア社所属という事にしてあるのだろ? だったら、我が国の企業を買収してくれても構わない』
「そんなポンポン企業買収してたら、他の企業から敬遠されてしまいますよ。いくら世界トップの企業とはいえ他の企業との繋がりが無くなるのは困るんですよ」
『なるほどな。ではやはり、我々が日本政府を説き伏せる必要があるのだな』
「更識製の専用機が欲しいのでしたら、そうしてください」
一夏からの忠告を受けて、ギリシャ政府の人間は苦笑いを浮かべながら通信を切った。
「やれやれ……ギリシャ政府も色々と考えてるんだろうが、高校生に説き伏せられるのは考えなければいけないな」
「一夏君相手に口で勝てる人間なんていないわよ。そもそも一夏君がそういう風に動くように仕向けてるのに」
「俺が日本政府と交渉すると、余計な軋轢が生まれる可能性がありますからね」
「高校生が気にするような事じゃないんだけどね」
「仕方ないですよ。銀の福音の解放の際だって、更識が間に入った事で許可してもらったんですから。これ以上日本政府にIS学園関係を優先してもらうのも他の企業に悪いですからね」
「さすが外交担当ね」
「卒業して、代表を引退したら刀奈さんにしてもらいますけどね」
一夏が人の悪い笑みを浮かべると、刀奈は苦笑いを浮かべながら視線を逸らしたのだった。
一夏が裏で色々と手を回している間、サラはイギリスからギリシャに国籍を変えるかどうかで頭を悩ませていた。一夏に言われた通り、このままいけばイギリス代表はセシリアになるだろうし、自分がペア戦に向いていないのも自覚している。
だからと言って、ここまで育ててくれたイギリスを出て、敵国の代表になると決断するのは、十六、七歳の女子高生には重いものだった。
「自分の為を考えるなら、更識君の申し出を受けるべきなんだろうけども、イギリスには恩もあるし、生まれ育った国を裏切りのは……」
別に自由国籍を使って他国の代表になったからと言って、裏切り行為と言う人間が全てではないのは理解しているつもりだった。だがいざ自分がその立場になるかもと考えると、全ての人間が自分の事を裏切者と指差すだろうと思ってしまっているのだ。
「オルコットは望むところって言ってくれてるけど、やっぱり断った方が良いのかな……」
サラが頭を悩ませてるところに、噂話を聞きつけた黛薫子がやって来た。
「こんにちは、サラさん。ギリシャ代表にならないかって話があるそうですが、それは事実ですか?」
「何処から聞きつけるのよ……この事はまだ公に発表されてないんだけど」
「ジャーナリストを舐めないでちょうだい。こんなにおいしいネタを聞き逃すわけないでしょ。オルコットさんに相談してるところを偶然見かけてね。ちょこっと盗み聞きさせてもらったのよ」
「普通に怒られるわよ、それ……後で更識君に伝えておくわ」
「それは止めてくれる!? ちゃんと決定するまでは口外しないから」
一夏の名前が出た途端、薫子は焦ったように詰め寄ってきた。
「まぁ、断ろうとも思ってるから、そこまで泣きそな顔ををする必要は無いんだけど」
「えっ、断っちゃうの? せっかく代表になれるかもしれないのに?」
「だって、いくら認められているとはいえ、母国を裏切るのは……」
「裏切る? 栄転じゃない。そんなに難しく考えないで、自分が代表になりたいかなりたくないかでいいんじゃないのかな? サラさんは実力はあるんだから、オルコットさんと戦ってイギリスの代表になるか、ギリシャ代表になってオルコットさんと戦うかのどっちかを選べばいいだけよ」
簡単に言ってのける薫子を見て、サラは苦笑いを浮かべた。結局は戦うのなら、国を懸けて戦うか、国の代表を争うかの二択だと思い知らされた。
「ありがとう、黛さん。もうちょっと悩んでみるわ」
「役に立ったなら幸いだわ。だから、盗み聞きしたって事は更識君たちには内緒にしてね」
「分かったわ」
薫子が誰を恐れているのか知っているサラは、笑みを浮かべて薫子を見送ったのだった。
黛さんもたまには役に立つな……