一夏と虚がそんなことを考えてるなど露知らず、サラ・ウェルキンはセシリアの特訓に付き合っていた。
「もう少しでコツが掴めそうなのですの。申し訳ないですが、今日もよろしくお願いしますわ」
「付き合うのは構わないんだけど、訓練機相手で本当にいいの? 貴女の実力なら、織斑さんにでもお願いすればいいと思うのだけども」
「マドカさんは別の要件で忙しいですし、私はとりあえず偏向射撃をマスターして、精度を上げるのはその後でも十分だと考えていますから」
セシリアの考えを聞いて、サラは内心感動していた。サラの良く知っているセシリア=オルコットという人物は自分が一番だと過信し、人の忠告を話半分でしか聞かないような問題児だったのだ。それが今では、自分の実力と正面から向き合い、アドバイスをしっかりと聞いてそれを成長の糧としようとするほどの努力を惜しまない感じになっている。
「(これも、更識君たちがセシリアの伸びていた鼻を折ってくれたからかな)」
事の顛末を聞いただけだが、サラは一学期のはじめ、セシリアが日本をバカにして、更識・織斑の両方を敵に回しかけた事を知っている。なんとも自殺行為に等しい事だと、今ではセシリアも理解しているのだが、当時の彼女にはその事が分からなかったのだ。
「あら? 一夏さんに、布仏さんのお姉さん? 何か私たちに御用ですか?」
サラがそんなことを考えている時に、セシリアがアリーナにやって来た人物の名前を呼んだ。その二人はサラにとっても予想外で、動揺を隠せないまま振り返った。
「こんにちは、サラ・ウェルキン先輩。一年の更識一夏です」
「ええ、知っているわ。貴方は有名人ですもの」
「それほど目立つようなことをした覚えはないのですが」
「IS戦闘ではね。でも、敵が侵入してきた祭の的確な指示と、最高峰の整備技術を持つ貴方の事を知らないIS学園の生徒はいないわよ。それに、学園唯一の男子生徒なんだし」
最後の意見で、一夏は納得したように頷いた。IS学園は基本的に女子、または女性だけなので、男子である自分が有名でも仕方ないとでも思ったのだろう。
「それで一夏さん、本日はどのような御用で?」
「ああ、今日はサラ先輩に用があって来たんだ。セシリアは悪いが、虚さんと特訓してくれるか」
「私で役に立てることがあるなら、遠慮なく頼ってください」
「布仏先輩が私のトレーニング相手…ですか? なんたる光栄! 是非お願いいたしますわ!」
虚は自分がそこまでの人物だとは思っていないが、更識企業の企業代表として名高いので、セシリアの反応は当然といえるだろう。
二人がトレーニングを始めるのを見届けてから、一夏はサラを連れて屋内へと移動した。さすがに初対面の相手と二人きりというのは一夏にとっても居心地が悪いので、待機させていた美紀と合流したのだ。
「それで、天下の更識企業の方々が、私にどのような御用でしょうか?」
「別に固くなる必要はありませんよ。貴女にとっても悪い話ではないでしょうし」
「そうなの? それじゃあ、聞くだけ聞いてみましょうか」
出されたお茶を軽く啜って、サラは一夏が何を言いだすのかを興味深そうに待っている。一夏の方も、変にもったいぶる事は無く、要件を素早く告げた。
「フォルテ・サファイアの件は、今朝の集会で知っていると思います」
「ええ。少し話す程度だったけど、同じ候補生として気にはしていたのだけど……まさか敵側に身を落とすなんてね」
「この点については、更識の人間として責任を感じている次第です。まさか国の威信より恋人をとるとは……彼女がどれほど本気だったかを見定められなかったのはこちらの落ち度です」
「それで? 私に謝罪するだけじゃないんでしょ?」
「そうですね。まぁ、完全に関係ない訳じゃないのですが……サラ・ウェルキンさん。自由国籍を使ってギリシャの候補生――いえ、代表になりませんか?」
一夏の申し出に、サラは完全に虚を突かれすぐに返答出来なかった。
「……いきなり代表って、私はまだ専用機も持ってない候補生よ?」
「その事は決まってから詳しく話しますが、どうも現ギリシャ代表の人が、フォルテ・サファイアの師に当たる人のようでして、責任を取って代表を辞すと言っているらしいのですよ。そこでギリシャは、代わりの代表を探す事になり、今回の原因に関わっている我々更識に、有望な人材を斡旋してほしいと」
「でも、私はイギリス代表候補生としてのプライドが……」
「その事ですが、このままいけば、次期代表はセシリアで確定でしょう。敵に寝返った篠ノ之が良い感じでセシリアを刺激したお陰で、ここ一ヶ月での成長速度は学園内でもトップクラスです」
「そうね」
サラも薄々は感じていた、自分は代表になれないのではないかという懸念が、一夏の口から告げられたことによって、より現実味を帯びてきた。
「イギリス政府側との話し合いは、我々更識とギリシャ政府で行いますので、サラさんはその事を気にする心配はありませんよ」
「……ちょっとだけ、考えさせてもらえる? そう時間はかからないと思うから」
「当然ですね。即断即決なんてされたら、こちらが考え直すところでしたよ」
人の悪い笑みを浮かべながら、一夏が席を立つ。決まったら連絡してほしいと電話番号の書かれた紙を渡され、サラは無意識にその紙を受け取ってしまった。
母国か代表の地位かで頭を悩ませることになったのだが、サラは意外と悪い気はしなかったのだった。
また専用機の名前とか考えなきゃ……