暗部の一夏君   作:猫林13世

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仕事は迅速に


新たな候補生を探して

 キャノンボールが中止となり、その事についての説明をするために、臨時生徒集会が開かれる事になった。集会といっても、朝礼の延長でしかないのだが、何時もみたいな弛緩した空気はそこには無かった。

 

「参加予定だった生徒の皆さんには、誠に申し訳ないと思いますが、延期ではなく中止となりました」

 

 

 壇上から生徒に向けて正式に中止が決定したと一夏が告げると、少なくない生徒が残念そうにため息を漏らした。活躍の場を失ったのだから仕方ないかと、一夏も少し同情したが、本当に知らせなければいけない事は他にあるのだ。

 

「それから、昨日攻め込んできた篠ノ之箒に加え、三年生でアメリカ代表候補生であったダリル・ケイシーと、二年生でギリシャ代表候補生であったフォルテ・サファイアも亡国機業側へと寝返った」

 

 

 箒だけならこれほど動揺しなかっただろうが、ダリルとフォルテの二人までとなると、全校生徒に与えるダメージは結構な大きさだった。

 特に、フォルテは亡国機業のような闇組織に似合わなそうな雰囲気を醸し出していたので、衝撃はより大きいものとなった。

 

「これに伴い、アメリカ・ギリシャ両国から代表候補生の補充に関する要望が来ているのだが、興味がある生徒は放課後、生徒会室か職員室に来てもらいたいと思っています。アメリカは兎も角として、ギリシャは完全にこちらの落ち度で候補生を一人失ったわけですので、更識としてもせいいっぱい援助はするつもりです」

 

 

 一夏がいった援助とは、選抜の際の手伝いや、訓練相手を見繕うなどだったのだが、生徒側が受け取った援助の内容は、更識製の専用機がもらえるなどの豪華特典だった。

 

「ダリル・ケイシーは元々疑ってて、最終手段として恋人のフォルテ・サファイアをぶつけたら、見事にそのフォルテごと敵に持っていかれちゃったのよね……仲が良かった人には申し訳なく思ってるわ」

 

 

 一夏からマイクを受け取った刀奈が、どういう経緯でフォルテまで敵に寝返ったのかの説明を始める。ダリルは元々疑われていたから、それほど交友範囲が広かったわけではないが、フォルテはダリルの恋人、というだけで特に怪しい動きはしてなかったので、それなりに友人がいたのだ。その友人に対して刀奈が頭を下げ、フォルテはダリルとの関係を優先したと説明を始めた。

 

「フォルテさんの実力なら、ダリル・ケイシーを止められると思ったのですが……」

 

「学園より恋人を選んだんですから、仕方ないですね……想定外もいいとこですが」

 

「私が不甲斐ないばかりに……申し訳ないです」

 

 

 虚と一夏が舞台袖で話し合っていると、ナターシャが申し訳なさそうに会話に割って入ってきた。

 

「背後から一撃喰らわされたんですから、仕方ないと思いますよ。しかも、動けないところにダリル・ケイシーの強烈な一撃を喰らわされたんです。気を失ってしまったのは仕方ない事です」

 

「それだけではなく、フォルテさんがこちらの味方だと勝手に思い込んで、彼女から攻撃されると言うことにまったく意識が向いていなかったんです」

 

「それは、こちらとしても同じ考えだったのですから、ナターシャさんだけが油断していたというわけではないですよ。同性愛者を軽んじてたわけではないですが、人の感情というものはすさまじいものなんだと思い知らされました」

 

 

 フォルテはダリルか学園かで揺れ動いているとは考えていたが、最終的には学園――ひいては国の信頼を選ぶと思っていた一夏だったが、その考えは改めた方が良いと思い知らされたのだった。

 

「それで一夏さん、フォルテ・サファイアの代わりとなるギリシャ代表候補生のあてはあるのでしょうか」

 

「数人程あてはあるんだが、まずは立候補者がいるかもしれないから、そっちを優先だな。アメリカの方は、自分たちで決めてもらえばいい」

 

 

 アメリカと他国との関係は、今非常にビミョーなバランスとなっているので、下手にアメリカ国内の事に首を突っ込んで、他国から袋叩きに遭うのは避けたいところだと一夏は思っており、虚もナターシャもその意見に賛成だった。

 

「それで、一夏さんが考える候補生候補とは?」

 

「何だか妙な言い回しですが……二年でイギリス代表候補生のサラ・ウェルキン先輩などいいかと思ってます」

 

「イギリスが黙って差し出しますかね?」

 

「セシリアがある程度育ってきてるんだし、次の代表はセシリアでほぼ決まりだろう。そして、サラ・ウェルキンはペアよりもソロでその能力を発揮するタイプですからね。候補生として終わらせるにはもったいない才能ですし、何よりイギリスには更識に対する貸しが多くありますから。それをチャラにさせる代わりに、とでも言えば問題ないでしょう」

 

 

 一夏の言う貸しとは、サイレント・ゼフィルス強奪事件の犯人特定に手を貸した事や、候補生であるセシリアに対する訓練メニューの作成、ならびに訓練相手の提供などである。一夏たちのお陰で、セシリアも偏向射撃を習得するまであと一歩というところまで成長したので、この貸しはかなり大きいものであると、イギリス政府側も思っているので、この交渉はイギリス政府側にとってもありがたい話になるだろう。

 

「まぁ、一番の問題は、サラ・ウェルキンが母国の代表を諦め、ギリシャに国籍を変えることを認めるか、ですけどね」

 

「最終的には個人の判断ですものね」

 

 

 壇上で刀奈が説明を続ける中、一夏と虚はそう結論付けて大人しく舞台袖で刀奈の説明している姿を見守ることにしたのだった。




学生が考えることではないんですけどね……

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