暗部の一夏君   作:猫林13世

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一夏はどちらに付くのか……


養子に

 簪と話していたところに刀奈が飛び込んできたので、一夏は何事かという顔で刀奈の事を見た。

 

「どうかしたんですか、刀奈さん。そんなに慌てて」

 

「あのね、お父さんが一夏君の事を次期当主に指名してくれる事になったんだ!」

 

「……はい? 次期当主は刀奈さんじゃ」

 

「だから、それを一夏君に変えてもらったの。一夏君は更識にとって重要な人だし、表の世界では、更識はIS企業のトップだしね。一夏君をその企業のトップに据えるのなら、やっぱり一夏君を当主にした方が良いじゃないの」

 

 

 刀奈が嬉しそうに話している横で、簪が難しい顔をしていた。一夏は簪の表情の変化に気づき、そして刀奈に簪が疑問に思っている事を代わりに聞く事にした。

 

「楯無さんや刀奈さんの気持ちは分かりましたけど、外部の人間が当主になれるんですか? そもそも、俺を当主だと認めてくれる人なんているんでしょうか? 刀奈さんが次期当主だってことにも不服な人間がいるようなのに、全くの外部の人間である俺が当主候補にでもなれば、それこそ暴動でも起こりかねませんよ」

 

「大丈夫。一夏君には、更識の養子になってもらうから」

 

「養子? でも織斑姉妹が納得するんですか?」

 

「大丈夫だってお父さんが言ってるから平気じゃないの? それに、一夏君だって織斑の家に戻るつもりは無いんでしょ?」

 

「それは、まぁ……」

 

 

 織斑家で過ごした記憶の無い一夏は、織斑の家に帰るつもりは無かった。それは更識家で生活する全ての人間が分かっている事だし、一夏も前々から明言している事だ。

 

「それに一夏君が楯無を継いでくれれば、私たちの全員と結婚出来るのよ?」

 

「お姉ちゃん、それって本当?」

 

「ええ、当主が男の場合にのみ適応されるんだけど、更識家当主は何人嫁を迎えても違法にはならないのよ」

 

「……ですが、楯無さんの奥さんはお一人ですよね?」

 

「お父さんはね。モテなかったらしいし、お母さん以外に嫁を取るつもりも無かったみたいだし……でも、一夏君は違うでしょ? 既に私たち五人……いや、碧さんもだから六人か。一夏君のお嫁さんになりたい人がいるんだから。私たちは一人で幸せになるつもりは無いし、そうなると一夏君が楯無を継いでくれるのが一番かなって」

 

「はぁ……まぁISの研究を続けるには、更識にいるのが一番ですし、確かに誰かを不幸にするのは忍びないですしね……織斑の説得をしてくれるのでしたら、俺はそれでも構いませんよ」

 

 

 結婚とかはとにかくとしても、一夏は誰かを不幸にしたくないと考えていた。養子になる事で誰かが不幸になるわけでも無いので、一夏は承諾の返事をしたのだ。織斑姉妹は絶望するかもしれないが、そこら辺は大人がどうにかするだろうし、そもそもこの四年間ろくに会っていないのだから、今更な気もしているのだ。

 

「じゃあお父さんには一夏君も納得してくれたって伝えてくるね!」

 

「ちょっと!? ……行っちゃったな」

 

「お姉ちゃんって、本当に周りが見えて無いというか、一つの事に執着するというか……」

 

「一つの事に執着する、か……」

 

「一夏?」

 

 

 何気なくいった言葉に一夏が興味を示したので、簪は不思議そうに一夏を眺めた。

 

「ちょっと刀奈さんの専用機のアイディアがな。簪の言葉がヒントになったかもしれない」

 

「お姉ちゃんの専用機も一夏が造るんだね」

 

「欲しいなら簪のだって造るぞ?」

 

「でも、私はまだ代表候補生の選考にすら掛からないから……」

 

「気にし過ぎだ。俺は、刀奈さんも簪も違う凄さがあると思うけどな」

 

 

 簪の頭を撫でながらそういう一夏に、簪は少し頬を赤らめながら視線をそらしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑家を訪れた楯無はまず、足の踏み場の無い廊下に愕然とした。

 

「多少散らかっているが、まぁ気にするな」

 

「それで、何か用なのか?」

 

 

 散らかっていると自覚していても、片付けようとしない織斑姉妹を前に、楯無は心の隅にあった遠慮を取っ払い本題に入る事にした。

 

「一夏君が記憶を失って四年、そろそろ諦めもついたんじゃないかと思うのですが」

 

「一夏は私たちの事を思い出す事はないと?」

 

「わたしたちと一緒に生活すれば思い出すはずだ」

 

「彼をこのようなゴミ屋敷に住まわせるのを認める事は出来ない。それに、一夏君は更識の方が良いと言ってくれた」

 

 

 楯無の言葉を聞いて、千冬と千夏は鋭い視線を楯無に向けた。

 

「嘘は言わないでもらおうか」

 

「一夏がわたしたちを見捨てるはずが無い」

 

「だが、君たちは少しでも一夏君に思い出されていると思っているのか? 彼の中で君たちは、モンド・グロッソで優勝したペアだとしか認識されていないんだぞ」

 

「「………」」

 

「私が今日、この家を訪ねたのは、一夏君を更識の養子に迎え入れたいという事を君たちに伝える為だ。もちろん、一夏君と会う事は認めてあげよう。彼の意志を確認する上でも、一度は会わなければいけないのだからな」

 

「もし、一夏が貴方の養子になるというのでしたら、私たちは素直に引き下がりましょう。ですが、養子になった後も我々と会う事を認めてくれるのでしたら、ですが」

 

「その辺りは一夏君に意志に任せるつもりだ。もちろん、一夏君が織斑家に戻りたいの言うのであれば、私は大人しく引き下がるつもりだが」

 

 

 既に一夏の意思は確認しているのだが、あえてその事は二人には伝えなかった。本人から聞けば、この二人でも諦めがつくだろうと判断して言わなかったのだが、それが後々どう影響するかまでは、この時の楯無には考えが及ばなかったのだった。




今更過ぎるかもしれませんが、楯無も漸く決心したのです。

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