一夏からの指示を受け、簪と美紀は観客の避難誘導を急いだ。あの箒が攻め込んできたと言う事は、見境なく暴れる可能性が高いのだ。
「落ち着いて避難してください!」
「篠ノ之箒の攻撃は、本音とマドカが防いでくれていますので、今のうちに安全な場所へ! そこ、走らないでください!」
この二人が箒と戦った方が安全性は増すかもしれないが、避難誘導がスムーズに進むかと聞かれれば、この役割分担も仕方ないと言えるだろう。
「簪、美紀、私たちは?」
「静寐たちは、一夏に連絡して指示をもらって。とりあえず専用機持ちは避難誘導が終わったら辺りの警戒に就く予定になってるから、多分静寐や香澄たちもそうだと思うけど」
「分かった」
簪から何をすればいいか聞いた静寐は、オープン・チャネルで一夏に呼びかける。携帯の方が楽なのだが、電波妨害がされている可能性も考え、こっちを使ったのだった。
『何かあったのか?』
「一夏君、私たち専用機持ちは何処を見回ればいいの?」
『篠ノ之以外の気配は来賓席付近に二つ、そっちは刀奈さんと虚さん、碧さんが見張ってる。静寐たちは簪たちの手伝いをし、終わり次第本音とマドカの援護、余裕があればアリーナ周辺の警備を頼む』
「了解、任せといて」
一夏から指示を貰った静寐たちは、簪と美紀の手伝いをし、素早く誘導を終わらせた。
「それじゃあ、私たちは本音とマドカの援護に行ってくるね」
「お願い。私たちは、この辺りに敵が潜んでないか確かめてから行く」
簪と美紀はここで別行動となり、静寐たち専用機持ちはタイミングよくロックが解除されたピットからアリーナへと出る。もちろん、偶然ではなく一夏が操作したおかげだ。
「本音、マドカ、一旦下がって。ここは私たちが引き受ける」
「お~シズシズ、ありがたいよ~」
「意外と苦戦しますので、油断なきように」
避けて避難している生徒たちに攻撃が及ばないように、本音とマドカは出来る限り箒の攻撃を受け止めていた。そのせいで普段以上にSEの消費が激しく、二人は一旦SE補給の為に前線から下がる。
「篠ノ之さんって、学園にいた頃より遥かに強くなってるんだよね? 私たちだけで大丈夫かな?」
「VTSでそれなりに経験は積んでるけど、油断しないように。マドカが言ってた通り、あの二人でも苦戦するんだから、勝とうとは思わない方が良いかもね」
「そうだね。一夏君に援護と言われたんだから、とりあえずあの二人が戻ってくるまでは持ちこたえよう」
香澄、静寐、エイミィが箒の前に立ちはだかると、箒のバイザーで隠している顔が笑ったように思えた。
「……何かおかしなこと言ったかしら?」
静寐が表情の変化に気付き、箒に話しかける。すると箒は、バイザーを上げて顔を晒したのだった。その顔は、どす黒い笑みで歪んでいた。
「いやなに。お前たち程度が私を足止めするなんて言うから、ついつい笑ってしまっただけだ。気にすることはない」
「いや、かなり気にする事だと思うけど? 私たち『程度』とは、舐められたものね。勝てるとは思ってないけど、そんな簡単に負けてあげるつもりもないけど?」
「思いあがるとは嘆かわしい……何なら三人まとめてかかって来い。力の違いを見せてやろうじゃないか!」
箒の姿が消え、三人は慌てて戦闘態勢を取り、センサーで箒を探す。
「遅い! 遅すぎる!」
「グッ! VTSでは殺気までは再現してなかったから、これはキツイわね……でも、スピードは想定内ね」
箒の一撃を受けた静寐が、二人にアイコンタクトを送る。二人は頷き、箒を囲むようなフォーメーションを取った。
「無駄無駄! お前ら如きに私が止められるものか!」
全方位にレーザーをぶっ放す箒に、三人は慌てた。いくら避難が済んでいるとはいえ、このレーザーにどれほどの威力があるのか、三人は知らないのだ。
「ボーっとしてていいのか? 隙だらけだ!」
「っ! レーザーは囮ね! 二人とも、そのレーザーにそれほどの威力は無いわ!」
「遅い!」
偏向射撃で背後から狙撃され、静寐は肺の中の息を全て吐き出した。
『さて、演技はここまでですね』
「全く……一夏君も難しい注文をしてくれるわよね」
「何をブツブツと言っている。力の差を思い知って、頭がイカレたのか?」
「何処見てるのかな~、シノノン。もう私たちも戦場に復帰してるんだけど~」
「相変わらずの単細胞ですね。自分の優位が揺るがないと思っちゃうなんて、馬鹿の極みです」
箒が乱射したレーザーに対し、マドカが偏向射撃で撃ち落とす。そのレーザーの合間を縫って本音が箒へと攻撃を当てた。
「舐めるな!」
「シノノンなんて舐めても美味しくないから舐めないよ~」
「本音、そう言う意味じゃないわよ……」
「ほえ?」
天然を炸裂させた本音に、静寐が疲れたような声でツッコミを入れた。
「邪魔を、するな!」
「うわっ!? 危なかった~」
「本音、気を抜き過ぎ。いくら数で圧倒してても、この威圧感は厳しいわよ」
「大丈夫、だいじょ~ぶ。これくらい、本気で怒ったいっちーの怒気に比べたら軽いって」
殺気や怒気に慣れている本音は、箒の威圧感をものともせずに戦いを進めていく。その本音に続くように、マドカも後方から援護射撃を繰り出し始め、威圧感に慣れてきた静寐たちもそれに続いた。
「邪魔だ、雑魚ども! 一夏! 男なら正々堂々勝負しろ!」
「またそんな事言ってる……シノノンって時代錯誤もいいとこだよね~。男だから、女だからなんて、もうそんな理屈が通じる時代じゃないのに」
珍しく呆れ気味の本音が、箒の考えを真っ向から否定する。そのせいで、箒の怒気は最高潮に達したのだった。
まさしくその通りなのだが、箒に常識は通用しない……