暗部の一夏君   作:猫林13世

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本当に学生なのだろうか……


一夏の忙しさ

 職員室に、日本政府からの重要書類が届いた。受け取ったのは真耶だが、彼女は書類の入った封筒を開けようともせず、本来の受取人である千冬のデスクにその封筒を置いた。

 

「千冬さん、これここに置いておきますね」

 

「ああ……真耶、これとは何だ?」

 

「何だって、日本政府からの重要書類が入った封筒です。千冬さんが送らせたんじゃないんですか?」

 

「私は日本政府に用など無いぞ。千夏の間違いじゃないのか?」

 

「わたしも特に用事など無い。分からないのなら開けてみれば良いだろ」

 

 

 千夏のもっともな意見に、千冬と真耶は頷いて、封筒を開けようとして――

 

「ああ、やっと来たんですか」

 

 

――背後から覗き込む生徒の存在に気付いた。

 

「一夏っ!? お前、音も無く忍び寄るな!」

 

「普通に近づいてきたんですが……それより、それは生徒会――というより更識で取り寄せた書類です」

 

「……何故私名義で届けられた?」

 

「貴女の名前で取り寄せれば、間違っても見てみようなんて思う人はいないでしょう?」

 

 

 何当たり前な事を聞いているんだ、とでも言いたげな一夏の目に、真耶は納得して頷いた。これが一夏名義なら、検閲した方が良いのではないかと思う教師がいるかもしれないが、千冬名義なら間違っても関わらないでおこうと思う人が大半であり、間違って開けて怒られたりするのではないかと思う人が全員だと思えたからだった。

 

「それで一夏、それは何だ? 私名義で取り寄せたと言う事は、かなり重要な書類なんだろ?」

 

「ナターシャさんの専用機、銀の福音の凍結解除申請の書類ですよ。アメリカとの関係を悪化させない為に、表面上は更識が凍結保存している事になっていますし、使用するときもこうして申請する形になっているんですよ」

 

「ナターシャの専用機? そんなものを大っぴらに使う機会があると思っているのか?」

 

 

 今も非公式の場――主に訓練相手としてナターシャが参加するときには、普通に銀の福音を使っているのだ。今のままでも訓練相手は務まるし、彼女が前線に出る機会などそうそうないと、千冬も千夏も思っているのだった。

 

「俺もそんなことが起こらなければいいと思ってはいますが、万が一亡国機業が攻め込んできて、万が一最終防衛ラインの維持が厳しくなった時に、ナターシャさんには出撃してもらおうと考えているんですよ」

 

「それと使用申請と、どういう関係があるんだ?」

 

「普段どうでも良い事には敏いくせに、こういう時は鈍いですね、貴女方は……」

 

 

 ため息でも吐きそうな勢いで呆れられた事で、千冬と千夏は猛烈に居心地の悪い思いをした。

 

「亡国機業のスパイがどこにいるか分からない状況で、ナターシャさんが銀の福音を申請無しで使ったとしましょう。その事をスパイがアメリカ政府に教え、日本政府に抗議でも来れば面倒な事になるのは目に見えています。ただでさえキャノンボールの準備は亡国機業に対しての備えで忙しいのに、そんなどうでも良い事で時間を割かなければいけなくなる芽を摘んでおきたいんですよ」

 

「お前は常に先を考えているな……足場固めはもういいのか?」

 

「そっちも並行してやってますので、ご心配なく。一応千冬先生名義ですので、返答は貴女の名前でお願いします」

 

「待て、申請手続きなどという面倒ごと、私が出来ると思うか?」

 

「必要箇所はこちらで記入しますし、貴女は最後にハンコを押してくれればいいだけです」

 

「なるほど……それなら問題ない」

 

 

 一夏の冷めた態度に、千冬は必要以上に強がって答えた。

 

「そう言うわけで、また後程」

 

 

 一夏は必要書類だけを持っていき、職員室から去っていった。その後姿を見送った三人は、その背中が見えなくなってから話し始める。

 

「アイツ、本当に高校生か?」

 

「私たちとアイツとで、時の流れる速度が違わないのなら高校生のはずだ」

 

「織斑先生たちは更識君が生まれた時を知っているのではないんですか? 時間が進むスピードなんて同じなんですから、その時からちゃんと計算すれば間違いないと思うんですが」

 

「生まれたのは知ってるし、アイツの記憶が無くなる前まではずっと一緒にいた。だが更識で生活し始めてからは分からん」

 

「あそこは暗部だからな。時間の流れる速度を変えるくらい――」

 

「出来る訳ないでしょうが、そんな事」

 

 

 ひそひそ話をしていた三人の背後に、碧が現れてツッコミを入れる。

 

「一夏さんは濃密な時間を過ごしては来ましたが、流れている時間は私たちと一緒です。そんなことは当然だと分かりそうなものですがね」

 

「つまり一夏は、年齢ではなく経験であそこまで大人びたと言う事なんだな?」

 

「当然です。一夏さんは常に忙しそうにしてますし、今も実際忙しいですからね……普通の高校生と比べれば大人びているのは仕方のない事でしょう」

 

 

 怒涛の日々を送ってきた一夏の雰囲気が大人びているのは、碧からすれば当然であり疑問に思う事でもなかったのだが、千冬たちからすれば驚きの事実だったのだろう。

 

「更識君って、いったいどれだけの苦労を背負い込んだんですか?」

 

「はじめはひっそりと生活させるつもりだったのですが、ひょんなことからISを動かせると感付かれてしまいましたからね。そこから一夏さんは忙しくなってしまったのですよ」

 

 

 本当はその前から忙しかったのだが、一夏がコアを造れるという事実を伏せなければいけないので、碧は世間が共有している事だけを使い、一夏が忙しくなった理由を三人に教えたのだった。




企業のトップと言う事を差し引いても、この忙しさは異常……

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