暗部の一夏君   作:猫林13世

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堂々と使うには問題が……


銀の福音の今後

 周りが強くなっても、一夏自身が成長してなかったら危険なのではないかという、本音の呟きが原因で、一夏も放課後に特訓をする事になった。

 一夏としては、自分は逃げに専念すればいいだけなのだから、他の人の訓練を見学して仮想箒の動きを覚えればいいだけだと思っていたので、この流れは予想外過ぎたのだった。

 

「何で俺まで……書類整理とか戦力分析とかで忙しいのに……」

 

「文句言わないの。本音の言う通り、一夏君だって訓練する必要があるんだから」

 

「俺一人で撃退出来る訳もないでしょうが……過程はどうあれ、篠ノ之箒は俺よりも動けるんですし、普通に戦えば勝てる見込みだってないんですから……」

 

 

 怒りをぶつける目的が大きかったが、彼女は全中学女子剣道大会で優勝した実績があり、それに見合うだけの体力と剣道の腕があるのだ。サイレント・ゼフィルスは遠距離主体のISではあるが、近距離武器が皆無というわけではない。射撃を当てられないと分かれば、すぐに近接戦闘に変えてくるだろうと一夏は思っている。そして、接近されたらトラウマが発動する恐れがあるので、一夏の作戦としては、頭に血を上らせ、冷静な判断力を奪い、主体である遠距離武器で攻撃させるという考えなのだ。そもそも逃げが主体なのだから、VTSで特訓したところであまり意味は無いのだが、刀奈たちに押さえつけられては、さすがの一夏も逃げられないのだった。

 

「一夏君が倒せなくても、私たちが駆けつけるまでに時間が掛かるかもしれないでしょ? だから少しは戦えるようにならないとね」

 

「近づかれたら終わりなんですが……戦力云々というより、トラウマ的問題で」

 

 

 威圧的、高圧的な態度で迫ってくる箒相手を想像して、一夏は思わず身震いをした。この場所にいるわけないと分かっているにも関わらず、一夏は思わずキョロキョロと視線を彷徨わせた。

 

「これは重症ね……よっぽど箒ちゃんが怖いのね」

 

「プログラムを組んでる時も、最後まで顔データは打ち込みませんでしたし」

 

「だから相手の顔がのっぺらぼうだったのね」

 

 

 ヴァーチャルなんだから、そこまで気にしなくてもいいのに、と操作中思っていた刀奈だったが、一夏のトラウマがここまで酷いと分かって漸く腑に落ちたのだった。

 

「トラウマを克服する特訓をした方が良いかな? 確か生徒会室に箒ちゃんの写真データが残ってるから、それをプリントアウトして一夏君のベッドの上にでも貼り付ければ――」

 

「一夏さんが部屋に帰ってこなくなるので止めてあげてください」

 

 

 同室の美紀がその不安を告げると、刀奈は何か悪い事を思いついたような表情を浮かべた。

 

「そうなれば一夏君が私の部屋に……」

 

「お嬢様、さすがにそれは見逃せませんし、一夏さんがお嬢様を避ける原因になるかもしれませんが、よろしいのですか?」

 

「それは困ったわね……一夏君に避けられるようになったら、私立ち直れないかもしれないもの……」

 

 

 トラウマ克服の為という理由があるとしても、刀奈の案を実行したら間違いなく一夏は刀奈にもトラウマを感じる事になるだろう。虚の言葉でそれを理解した刀奈は、自分の案を却下し別の案を考えるのだった。

 

「それで、俺はこのままVTSをやってればいいんですか? それとも他の事をしてもいいんですか?」

 

「いっちーはそのままシノノン相手に戦っててね~。いっちーが組んだプログラムだから、かなり強いよ~」

 

 

 仕方なく、という感じが全員に伝わってきたが、誰一人一夏に同情する事は無かった。それが必要な事だと全員が理解しているし、一夏も受け入れているのだから当然と言えば当然なのだ。

 

「そう言えば、ナターシャさんの専用機って、ウチが管理してるんだっけ?」

 

「銀の福音ですか? アメリカ軍から凍結申請が出されているので、更識が責任を以って管理すると言う事になっていますが、凍結はせずにナターシャさんが管理してるはずですよ」

 

「名目上はウチが管理してる事になってるなら、非常事態って事で使えないかしら? アメリカの失態隠蔽に力をかしたんだから、それくらいは許されると思わない?」

 

「隠蔽というか、事故と言う事で処理しただけですけどね。実際は一夏さんと篠ノ之博士が暴いたように、アメリカの自作自演なのですが」

 

「その事なら既にアメリカ政府に申請は出したはずだよね……まだ返事は無いけど」

 

 

 一夏が纏めていた書類から銀の福音関係のものを取り出し、簪が二人の会話に加わる。稼働データはアメリカにも渡すという条件で一夏が打診したのだが、返事はまだないのだった。

 

「これ以上の条件は出せないし、駄目だったら別の案を考えないとね……」

 

「山田先生や五月七日先生に専用機を、というのはどうですか?」

 

「これ以上一夏君の負担を増やすのは、ちょっと避けた方が良いかもしれないわよ……昨日も夜遅くまでプログラムを書き換えてたんだし」

 

 

 ここにいるメンバーは全員、一夏一人で専用機を造っている事を知っている。だから直接的に一夏を心配する事が出来るし、刀奈の言っている事をもっともだと思えるのだ。

 

「とりあえず、現状の戦力で戦う事になるでしょうね……底上げが間に合うかどうか分かりませんが、私たちも出来る限りをする、ということで」

 

「それが一番現実的よね……織斑姉妹にも頑張ってもらうけど、あくまでも最終防衛としてだものね」

 

 

 前線に出したら最後、敵も味方も関係なく暴れる可能性が高いので、一夏からあの二人は最終防衛として考えると言われているので、刀奈たちも織斑姉妹を戦力として考える事は無かった。結局具体的な案は何も出ず、一夏の特訓を見学してこの日は下校時間を迎えたのだった、




権力があるから、まぁ出来なくはないでしょうね

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