IS学園で一夏の誕生日パーティーが盛り上がっている頃、亡国機業の箒の部屋でも一夏のお祝いが行われていた。お祝いと言っても、何時も通り感謝の押し売りのような感じなのだが。
「一夏、お前の誕生日だな、今日は。まったく、お前は自分の誕生日に無頓着だったから、私がお祝いしてやらないと無駄に歳をとるだけだからな」
画像検索してプリントアウトした一夏の写真に話しかける箒。こんな姿を誰かに見られたら、彼女の事だから恥ずかしさのあまり襲いかかるかもしれない。幸か不幸か、彼女の部屋を訪れる物好きは、亡国機業にもそうそういなかった。
「お前は甘いものが苦手だから、今年はビターチョコのケーキを用意した。これならお前も食べられるだろ? 何? 食べさせてほしいだと? お前は相変わらず私には甘えん坊だな」
多分に妄想が入っている箒の設定では、一夏が箒に甘えてくるようだ。そんな見えない一夏にケーキをすくい、そっとケーキを口に運ぶ。
「美味いか? そうか、ならもっと食え。遠慮はいらないからな」
「SH、ちょっといいかしら……何やってるの?」
妄想を楽しんでいた箒の下に、直属の上司であるスコールが訪れてきた。箒は自分の行動を見られた恥ずかしさから、立てかけてあった鉄パイプを手に取ったが、相手がスコールだと言う事を思い出しそれを元に戻した。
「何の用だ」
「ちょっとした連絡よ。それよりも、何故一夏の写真の前にケーキが置いてあるのかしら?」
「今日がヤツの誕生日だからだ。私が祝ってやらないと、あいつは自分が歳をとった事すら気付かないからな」
「そんな事ないんじゃない? あの子の周りには、貴女以上に一夏の事を想ってる女の子が大勢いるもの。それこそ、貴女以上に一夏の事を想ってお祝いしてくれる子たちがね」
まるで見てきたような口ぶりのスコールに、箒は怒りを覚えた。スコールがどれだけ一夏の事を知っているか、箒は知らないが、少なくとも一夏のすぐ側にいたのは自分だという自負が、上司だと言う事を忘れさせたのだった。
「貴女がどれだけ一夏の事を知ってるか知らないが、側でずっと見てきた私が言うんだ。私の方が間違いないに決まっている」
「そんな事ないと思うわよ。現にほら、一夏の事を祝おうと更識の面々が楽しそうに準備してるって報告が」
ダリル・ケイシーからの報告を箒に見せるスコール。箒には誰がスパイなのか教えていないので、送信元はしっかり消してある。
「これが現状だという証拠は? 事実だと認めるには、証拠が少なすぎる」
「なら、貴女の姉にでも聞けばいいでしょ? どうせハッキングしてストーキングしてるんでしょうし」
「姉さんに?」
スコールはそれだけ言い残して部屋から去っていった。箒は唯一覚えていた束の番号に電話を掛ける。もちろん、自分の携帯は使えないので、組織から支給された飛ばしの携帯でだ。
『んー? 誰かな? この番号に電話してくるなんて馬鹿者は』
「お久しぶりです」
『おー、その声はバカ箒ちゃんじゃないですか。いったいどの面で束さんに電話してきたのかな?』
「ただ聞きたいことがあっただけです。一夏は今、更識の連中に祝われているのですか?」
『は? そんな事聞きたいから束さんに電話してきたの? やっぱり箒ちゃんはバカだね。あの連中がいっくんの事を本気で愛してるって事は、この束さんでも分かるっていうのに。それから、飛ばしの携帯だろうが何だろうが、この束さんは居場所を特定する事が――』
受け入れ難い現実から逃げるために、箒は電話を切って携帯を投げ捨てた。あのシスコンが、自分の事を「バカ」と呼んだこともそうだが、一夏が自分以外の人間から誕生日を祝われていると言う事が、彼女には受け入れ難い事だった。
「私がいなくなってから、一夏の周りの悪い虫が活発に行動してるようだな……待ってろ、一夏。私がすぐにお前を助け出してやるからな」
狂気に揺れる箒は、PCから更識の面々の画像をプリントアウトし、蝋燭の火でそれを燃やし始める。表に名が売れていない本音以外の面々をプリントアウトした紙が、物凄い勢いで燃えていく。
「一夏をたぶらかした罪、この程度で償われると思うなよ」
誰もいない部屋でそう呟く箒は、もはや正常な思考をしていなかったのだろう。
誕生日パーティーが一段落し、お色直しだと言われ部屋を追い出された一夏は、中庭の自販機に来ていた。騒がしい中にいたので、外の風に吹かれようとしたのと、少し疲れたのでコーヒーを飲もうと思ったからこの場所に来たのだった。
「騒がしいが、なかなか楽しい時間だったな」
まだ終わりではないようだが、一夏は今日一日を振り返っていた。マドカに時間稼ぎの為に連れ出され、五反田兄妹と会い、そして刀奈たちのお祝いを受ける。昨日までは忘れかけていた自分の誕生日だったが、迎えてみれば人生最高の一日だったかもしれないと思っていた。
「明日からまた、頑張れるって思えるようになるな、こういう息抜きは……」
缶コーヒーのプルタブを開け、一口啜ったところで、一夏は不審者の気配に気づきコーヒーの缶をそちらへ投げつける。
「誰だ、どうやって入ってきた」
「久しぶりだな、一夏。せっかくの幼馴染との再会に、缶コーヒーは似合わないと思わないか?」
ここ数ヶ月聞いてないかった声を聞き、一夏は身の危険を感じ取った。まだいなくなる前の方が、声に狂気が混じっていなかったと記憶していたので、今の声は警戒に値するほどの狂気が含まれているのだ。
「邪魔者のいない今こそ、私がお前を救い出してやるからな」
「邪魔者? 救い出す? お前は何を言ってるんだ、篠ノ之箒」
月明りに照らされ、不審者の顔がはっきりと一夏にも確認が取れた。まぁ確認するまでも無く、自身のトラウマから聞き間違えようのない声だったので、一夏は顔が見える前に名を呼んだのだった。
もはやストーカー心理だな……ヤンデレも真っ青な行動力