暗部の一夏君   作:猫林13世

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盛り上がっているのは一夏以外の人間……


盛り上がる誕生会

 ある程度盛り上がったところで、虚がケーキを運んできた。自分の格好はこの際気にしない事にしたのか、虚の表情はいつも通り冷静に見えた。

 

「さぁさぁ一夏君。私と本音が作ったケーキを召し上がれ!」

 

「いっちー、結構上手に出来たんだよ~」

 

 

 刀奈と本音の視線を浴びながら、一夏はゆっくりとケーキを口に運び、そして小さく頷いた。

 

「美味しいですよ」

 

「やった! 一夏君に褒められた」

 

「えへへ~、もっと食べてもいいんだよ~?」

 

「いや、みんなも食べるでしょうし、俺はもう結構ですよ」

 

「あれ? 一口でお仕舞なの?」

 

 

 何か失敗したのかと不安がる刀奈と本音に、一夏は笑顔で首を振った。

 

「ちゃんと出来てますし、店で売っててもおかしくないと思います。でも、ちょっと俺には甘すぎますね」

 

「しまった!? 私たち基準でクリームを作ったから、一夏君には甘かったんだ……」

 

「お姉ちゃん……やっぱり肝心なところでミスしてる」

 

 

 簪の冷たいツッコミに、刀奈は今にも泣きそうな顔で膝から崩れ、そしてそのまま蹲ってしまう。慌てふためく簪たちを他所に、一夏はゆっくりと刀奈に近づき、そっとケーキを彼女の口に運んだ――自分が使ったフォークで。

 

「……美味しい」

 

「だから言ったじゃないですか。ちゃんと出来てるって。俺は気持ちだけで十分ですから、残りはみなさんで美味しく食べてください」

 

「お姉ちゃん、どさくさ紛れで一夏と間接キスするなんてズルい!」

 

「間接キス? ……って、さっきのフォークって一夏君のだったの?」

 

「何か問題でもありました?」

 

 

 意外とそう言うことに無頓着な一夏は、何か悪い事でもしたのかと首を傾げる。その仕草を見て、年上組の三人は母性をくすぐられた。

 

「問題は無いけど、一夏君だって私が使った後に一夏君の口に入れたら恥ずかしいでしょ?」

 

「そんな事ないですけど」

 

 

 そう言って一夏は、せめてもう一口と覚悟を決めて、刀奈が口にしたフォークでケーキを食べる。直接キスは気にするが、間接キスは気にならないようだと、この日全員の心に書き記されたのだった。

 

「……さっきより甘い気がしますね」

 

「多分、刀奈ちゃんの唾液が混じってるからだと思うわよ」

 

「碧さん……さすが大人ですね」

 

 

 照れもせず、表情も変えずに告げる碧に、聞いただけの虚が顔を赤らめて賛辞を贈る。一方、唾液が混じってると言われた刀奈は、顔を真っ赤にして一夏のベッドに潜り込んで悶絶していた。

 

「抜け目ないのか、それとも自業自得なのか……」

 

「多分両方だと思うよ……」

 

 

 悶絶する刀奈に冷ややかな視線を送る簪に、美紀がそうツッコミを入れた。恐らく刀奈は、一夏のベッドを堪能することなく悶絶しているだろうと、簪も美紀もそう思っていたのだった。

 

「兄さま、私も兄さまに食べさせてもらいたいです」

 

「ああ、構わないぞ」

 

 

 刀奈に気を取られている内に、妹の特権を利用してマドカも一夏にケーキを食べさせてもらっていた。さすがに倫理観が働いたのか、マドカは自分のフォークを差し出し、一夏も素直にそのフォークでマドカの口にケーキを運んだ。

 

「美味しいです! 刀奈さんと本音は料理が上手で羨ましいです」

 

「マドマドは苦手なの?」

 

「私は、兄さまに似ず姉さま方に似てしまったので……」

 

「大丈夫だよ~。ウチのおね~ちゃんも料理下手だから~」

 

「それはどんなフォロー何ですかね?」

 

 

 ゆらりと、陰が揺れた幻覚を見た本音は、ゆっくりと背後を振り返る。そこには怒りに表情を歪めた虚が、仁王立ちしていた。

 

「まぁまぁおね~ちゃん。おね~ちゃんが料理苦手なのは事実なんだから、そんなに怒らなくても……」

 

「さっきは下手と言ってませんでしたか?」

 

「そ、そんな事言ってないよ~?」

 

「嘘おっしゃい!」

 

 

 虚のカミナリが本音に落ちると、本音の隣にいたマドカまで背筋をピンと伸ばした。その姿が可笑しかったのか、碧は微笑みを浮かべてケーキを口に運んだ。

 

「何だか楽しいわね、こういうの」

 

「えっ? その恰好がですか?」

 

「違うわよ。一夏さんだって分かってるでしょう?」

 

「まぁ、最近はずっと張り詰めてましたからね。息抜きは大事だと思いますよ」

 

 

 漸く悶絶から復帰した刀奈が、難しい顔で一夏と碧の会話に加わってくる。若干頬が赤いのは、さっきまで自分が一夏が普段使っているベッドに潜っていたと自覚したからだろう。

 

「イベントを提案しておいてなんだけど、こんな状況で騒いでて良かったのかしら?」

 

「今更ですね。騒がしいのはいつも通りですし、張り詰めてはいませんが気は抜いていませんので、刀奈さんたちは存分に楽しんでいいんですよ」

 

「でも、一夏君の誕生日だし、一夏君が楽しまないと意味がないと思うのよね」

 

「楽しんでますし、俺の誕生日を使って皆さんが楽しそうにしてるのを見てるだけで、俺は十分ですけどね」

 

「一夏、なんだかお父さんみたいなこと言ってる」

 

「そうか? てか簪、口の端にクリームが付いてるぞ」

 

 

 簪の口の周りに付いたクリームを指ですくい、そのままなめとる一夏。その行為に簪の顔がみるみる赤く染まっていく。

 

「何だ、どうした?」

 

「一夏君って、そういうところ抜けてるわよね」

 

「意外な発見ですよね」

 

「何だって言うんですか……」

 

 

 自分がしたことが恥ずかしい事だという自覚がない一夏の隣で、刀奈と碧がしみじみと呟く、そして簪は我慢の限界が訪れたのか、先ほどの刀奈と同じく一夏のベッドに潜り込み、顔の赤みが引くまで悶絶するのだった。




間接キスくらい、気にすることはないだろ……あまり行儀はよくないが

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