蘭とにらみ合うマドカを、弾は物珍しそうに眺めていた。
「お前の血縁と言う事は、千冬さんや千夏さんの妹でもあるのか」
「お前、姉に会った事あったか?」
「おいおい。いくらISに縁が無い俺でも、最強の双子の事は知ってるさ。てか、日本人なら全員知ってると思うぜ」
「そんなに有名だったのか」
一夏からしてみれば、手のかかる姉で後輩に仕事を押し付ける教師という印象しかないのだが、世間での織斑千冬・千夏の知名度は弾が言うようにかなり高いものだ。だから千冬と千夏に顔がそっくりのマドカは、結構目立つのだった。
「兄さま、人が集まり始めていますので、移動しましょう」
「そうだな。弾、蘭もまた」
「おう」
「あの一夏さん……ご一緒してもよろしいでしょうか?」
迷惑を掛けないように別行動をしようと考えていた一夏だったが、蘭がそれに納得できないように提案してきた。
「一緒に行動しても、俺たちは昼前には学園に帰るつもりなんだが」
「それまでで結構です。てか、家に来てください。お母さんも会いたがってましたし」
「はっ? そんなこと――いってっ!?」
「お兄は黙ってて!」
脛を蹴り上げられ、再び悶絶する弾を、一夏・マドカ兄妹は呆然と見詰めた。見られていると気づいた蘭は、愛想笑いを浮かべ再度一夏を自宅へと招待する。
「駄目ですか?」
「少しだけなら大丈夫だろ。マドカもそれでいいか?」
「兄さまがそれでいいのでしたら、私はそれに従います」
「なんか、お前の妹って固い喋りだな」
「家庭の事情だ」
「あぁ、お前は色々あったもんな」
鈴から一夏の過去の一部を聞かされている弾は、それだけで一夏とマドカの関係を詮索しようとは思わなかったのだった。
「ところで一夏さん、今日誕生日ですよね?」
「あ? あぁ、そう言えばそんな日だったな」
「っ!」
蘭がその話題を一夏に振ると、その隣でマドカが忌々しげに蘭を睨みつけた。睨まれた蘭は、何故マドカが睨んできてるのかが分からず、とりあえず睨み返したのだった。
準備もほぼ完璧になった頃、仕事を終えた碧が部屋へ入ってきた。そしてコスプレ姿の刀奈たちを見て、頭を押さえたのだった。
「何で準備段階でコスプレしてるんですか……」
「本番前にして、緊張しない為です」
「一夏さんに見せるってだけで緊張すると思うのですが」
「……まぁ、お嬢様の考える事ですから」
碧の疑問は、虚も簪も当然の如く刀奈にぶつけたものだった。だが頑なに考えを変えなかったので、準備段階からコスプレをする羽目になっているのだ。
「虚ちゃんのそれはコスプレなの? 就活中の女生徒とあまり変わらない気もするんだけど……それに虚ちゃんが一夏さんに同行して他社との会合の時は、スーツ着てなかったっけ?」
「仕事中と普段とでは、やっぱり気分が違いますよ……」
「じゃあメイド服が良い? 虚ちゃんはメイドさんだから、そっちの方が良いでしょ?」
「あんなフリフリ、私には似合いませんよ!」
衣装ケースからメイド服を手に取って近づいてくる刀奈に、虚は拒絶反応を見せた。メイドと言っても、更識家の従者には決まった衣装は無く、各々が動きやすい恰好で作業する事になっている。だから本音は作業中も着ぐるみパジャマのままの時が多々あるのだ。
「一夏君も可愛いって言ってくれると思うんだけどなー」
「っ!? ……いえ、そんなウソに騙されませんからね」
「簪ちゃんはどう思う?」
「お姉ちゃん、さっきから本音が生クリームをつまみ食いしてるんだけど」
「ほえっ!? バレちゃった」
「ちょっと本音! さすがに食べ過ぎよ!?」
必要最低限は何とか残っていたが、本音が食べた量は明らかに残ってる分より多かった。仕上げ用に使う生クリームが減ってしまったので、刀奈は思い描いていたケーキの完成図を大幅に変更するしかなかったのだった。
結局五反田家に寄ることなくIS学園に戻ってきた一夏とマドカは、微妙に距離を取って歩いていた。出かける時は密着ともいえるほどくっついてたマドカだったが、今は二歩三歩後ろを歩いている。
「マドカ、さっきからどうした?」
「いえ、何でもありません。ちょっと自己嫌悪中です」
「……最初から知ってたぞ。マドカが時間稼ぎの為に俺を部屋から遠ざけてたのは」
一夏のその一言に、マドカは弾かれたように一夏との距離を詰めた。
「な、なにを言ってるんですか! 私はただ、兄さまと一緒に出掛けたかっただけで……」
「そうだろうな。だが、刀奈さんに頼まれたのも確かだろ?」
「それは……」
「大丈夫だ。ちゃんと忘れてた体で部屋に戻るから」
しょんぼりしていたマドカの頭を撫で、一夏は兄の顔でマドカを見つめる。この表情だけは、刀奈も虚も、本音も簪も美紀も見られない、マドカだけの特権だった。
「ありがとうございます、兄さま。私の所為で兄さまのご友人が大変な目に遭ってしまったのは、反省します」
「ああ、あれは何時も通りだから気にしなくていいぞ」
弾が蘭に蹴り飛ばされ、八つ当たりされるのは割と何時も通りの事だと、一夏の中で認識されている。マドカが何を気にしていたのか納得がいった一夏は、もう一度マドカの頭を優しく撫で、部屋に戻ってもいいのかマドカに確認する。
「それで、時間稼ぎはもういいのか?」
「指定された時間は過ぎていますし、おそらくは大丈夫かと思います」
「そうか。じゃあ、一緒に戻るか」
差し出された手の意味を、数秒考えてから理解したマドカは、今日一番の笑顔を浮かべて一夏と手を繋いで部屋まで戻ったのだった。
兄妹は仲が良いが、姉弟はどうなんだろう……