目が覚めていきなり、一夏は不自然さを感じ取った。普段ならまだ寝ているはずの美紀が起きていて、部屋にはマドカが遊びに来ていたのだ。
「早いな……」
「兄さま、ちょっとお願いしたいことがあってこのような時間に訪問させていただきました」
「お願いしたい事?」
普段マドカは甘えたいと思っていても遠慮するタイプの子なので、このようにはっきりと願いがあると言ってきた事に一夏は面食らっていた。
「せっかくの休日ですし、何処かお出かけしたいなと思いまして」
「別に構わないぞ。マドカに頼む仕事は無いし、本音あたりとゆっくり――」
「いえ、兄さまとご一緒したいと思ってまして……」
「俺と?」
その事が余程意外だったのだろう。一夏は珍しく驚いた表情を浮かべていた。もし計画が何もなければ、美紀も意外感を抱いたかもしれないが、これは前もって刀奈から聞かされていた作戦だと理解しているので、マドカの申し出に意外感を抱くことなく二人の会話を聞いていた。
「駄目でしょうか……」
「別に駄目というわけではないが……」
一夏は頭の中にスケジュール表を広げ、今日の仕事内容を確認し始める。差し迫った案件は無いが、この状況で自分がIS学園から離れるのは得策ではないという考えが一夏にはあった。
「一夏さん、たまには妹サービスでもしてあげたらどうですか?」
断る方向に考えが傾いていた一夏に、美紀からマドカへの援護射撃が放たれる。美紀としても、このまま一夏が断ってしまうと都合が悪いからで、本音を言えば、マドカだけズルいと言いたい気分だったが。
「妹サービスねぇ……まぁ確かに、再会してからろくに相手してやれなかったし、たまにはいいのかもしれんが」
「本当ですか!?」
「あ、あぁ……そうするか」
あまりにも嬉しそうな表情を見せた妹に、一夏も断るという選択肢を選ぶことが出来なくなってしまった。こうして刀奈の計画通り、一夏をIS学園から外出させることに成功したのだった。
一夏がマドカと外出している間、刀奈と本音はケーキの準備、簪と美紀と虚で部屋の飾りつけを始めたのだが、意外にも大変な準備に、計画していた時間より長引いてしまったのだった。
「誕生日の飾り付けって、こんなに大変でしたっけ?」
「この格好が原因だと思いますが……」
「文句言わないで手を動かしてよね。こっちだって一生懸命作ってるんだから」
簪と虚が、自分の格好を見てため息を吐くと、キッチンから刀奈の声が飛んできた。別に今からコスプレしなくてもいいのだが、一夏を前にして羞恥心を抱かない為に慣れるべきだと刀奈が言ったため、準備段階からコスプレ姿でいるのだった。
「虚さんと簪ちゃんはまだいいですよ……私なんて、今すぐ逃げ出したい気分です」
スーツ姿の虚と、着ぐるみパジャマ姿の簪を見て、美紀が泣きそうな声でそう呟いた。ノリノリでネコミミスーツを着こなしている刀奈とは対照的に、ナース服姿で作業している美紀のテンションは、未だかつてないくらい低かったのだ。
「碧さんは教師としての仕事が終わってから合流するって言ってたし、そうすれば碧さんもコスプレ姿になるから平気よ」
「ですが、碧さんはその……大きいですし」
「美紀ちゃんだって小さくないでしょ?」
話が脱線しかかったので、真面目な虚が二人にツッコミを入れ作業を再開させる。本音を言えば虚も碧のコスプレ姿は見たくないのだが、そんなことを言って今更別の案を出せる訳でもないのだ。
「碧さんのコスプレは、目立ちますからね……」
「虚さん、その気持ち分かります……お姉ちゃんも目立ってますもんね」
慎ましやかな胸を持つ簪と虚は、コスプレ姿で余計に目立つ刀奈の胸に視線を向け、そろってため息を吐いたのだった。
一夏と一緒に出掛けられたことで舞い上がったマドカは、本来の目的である時間稼ぎをすっかり忘れ一夏との時間を過ごしていた。
「マドカと二人きりで出かけるのは初めてか?」
「そうですね。兄さまは普段ずっと研究室に篭ってるイメージですし、私と再会してまだ一年も経ってませんからね」
「そんなに引き篭もってるつもりは無いんだが……ん? あれは」
「どうかしました?」
兄の視線を辿ると、そこには赤髪の兄妹と思われる男女がいた。そして妹の方に、マドカは見覚えがあった。
「あれは、兄さまが文化祭に招待した女子ですね」
「ああ、あいつらも兄妹で出かけてるのか」
一夏の視線に気づいた兄の方が、手を上げて一夏に声を掛けた。それがきっかけで妹の方も一夏の存在に気付いたのだった。
「よう一夏、何してるんだ?」
「多分お前と同じ」
「俺と同じって……妹に荷物持ち――」
「お兄!」
余計な事を言おうとした弾の脛を、蘭が蹴り抜いた。悶絶して崩れ落ちた弾を他所に、蘭がおしとやかな雰囲気を纏って一夏に声を掛ける。
「一夏さん、文化祭の件はありがとうございました」
「いや、こちらこそ変な事件に巻き込んでしまって申し訳ない」
「あれは一夏さんが悪い訳ではないですよ。その……何とか機業が悪いんです」
「亡国機業な。不審者の侵入を許してしまったのは、こちらの落ち度だからな。そこは申し訳ないと言わせてくれ」
一夏の謝罪を、蘭は素直に受け入れ――そこで一夏の隣にいたマドカに気付いたのだった。
「一夏さん、こちらは?」
「兄さまの妹の織斑マドカです」
「妹……一夏さん、妹がいたんですね」
敵愾心剥き出しのマドカの視線を受け、蘭もマドカに敵対の意思を見せる。そんな二人のやり取りを、一夏は呆れながら眺めていたのだった。
敵愾心剥き出しですね……