織斑姉妹の監視をしなくてよいと一夏から告げられ、簪と美紀は首を傾げたくなった。二人からしてみても、まだしっかりと反省したとは言い難いということなのだろうと、一夏は苦笑いを浮かべながら追加事項を伝えた。
「完全に自由を約束したわけじゃないさ。俺と碧さんで気配を掴み監視する事になっただけだ。もちろん、気配を消して行動したりすれば、すぐに監視をつける事になっている」
「そう言う事なんだ。てっきり一夏が温情で解放したのかと思った」
「そんな事するわけないだろ。俺は兎も角、刀奈さんまで危ない目に遭ったんだから、そう簡単に許せるわけもないだろ」
「私としては、一夏さんが危険な目に遭った方が看過できませんが、そう言う事なら納得しました」
美紀の答えに小さく頷き、一夏は簪に視線を向ける。視線を向けられた簪も、小さく頷いて同意を示したのだった。
「そう言えば、刀奈さんたちは何処に行ったんだ? 生徒会の仕事は、今のところ忙しくなかったはずだが」
「お姉ちゃんたちはちょっと買い物に出かけたよ」
「買い物? まぁ敷地内にスーパーがあるわけだし、出かけても問題は無いが……」
殆どは教員の為にあるスーパーなので、学生が訪れる事はあまりないのだ。一夏も時間が出来た時だけ食材を買い求めに行くくらいで、普段から頻繁に通っているわけではない。そんな場所に刀奈たちが行っていると聞いて、一夏はちょっとだけ不思議に思ったのだった。
「まぁ、何か必要になったから出かけてるんだろうし、あそこには刀奈さんが使ってふざけられるようなものは置いてないからな」
「一夏、お姉ちゃんだっていつもふざけてるわけじゃないよ」
「そうだけどな。ただ、刀奈さんが率先して動いてる時は、何か嫌な事が起こりそうだと思っただけだ」
苦笑いを浮かべながら、一夏は頭を掻いた。一夏も刀奈が悪だくみばかり企てているわけではないと言う事は理解している。だが、どうしても不安だけは拭い去れないのだった。
「一夏さん、織斑姉妹が自由に行動できると言う事は、寮の規律も再び厳しくなると言う事ですか?」
「普通に戻るだけだと思うが。謹慎していた数日間が緩かっただけで、消灯時間を破ったらそれなりの処罰はあると思うぞ」
「そうなると本音とかが遊び倒してた時間まで遊んでたら怒られるね」
織斑姉妹が謹慎している間、本音はクラスメイトたちと消灯時間以降も遊んでいたのだった。もちろん、あまり遅い時間になると一夏が注意していたのだが、それでも織斑姉妹と比べれば易しいものだ。その事を本音に伝えておかなければと、簪は携帯メールで本音に織斑姉妹が復帰する事を伝えたのだった。
織斑姉妹同様、反省の為に研究室に篭っていた束は、久しぶりにクロエの前に顔を出した。食事などは部屋の前に置いておけば、いつの間にか無くなっていたし、研究室には簡易ではあるがトイレもシャワーもあるので、衛生面でも汚いと言う事は無く、実にいつも通りの束が姿を現したのだった。
「やっほー、くーちゃん。ここ数日会えなくてゴメンね~」
「いえ、ですが何故研究室に篭っていたのでしょうか? 何か新しい発明でもしていたのですか?」
「違う違う。ちーちゃんやなっちゃんだけ謹慎するのは不公平かな~って思ってさ。束さんも謹慎してたわけですよ」
「そうだったのですか。ですが、ここは束様のラボですし、監視も無い中謹慎しても、それで反省したと判断されるわけではなかったのではないでしょうか?」
一夏が監視してるわけでもないし、更識の人間が何かを言ってきたわけでもない。それなのに謹慎して、しかも束が常日頃研究に使っている部屋に篭っていても、反省しているのか研究しているのか確かめようもないのだ。
「まぁまぁ、一応形だけでも反省しておかないと、ちーちゃんとなっちゃんに怒られちゃうし、それに束さんの所為でいっくんが危ない目に遭ったのも事実だからね。これからは本腰を入れて、亡国なんちゃらをぶっ潰す研究をしなきゃいけないから、またしばらく引きこもるかもしれないからね」
「なんちゃらって……亡国機業ですよ、束様」
「そうそう、そのなんちゃら企業」
「わざとやってますね?」
クロエのツッコミに満足したのか、束は表情を引き締めてクロエに向き直った。
「今回の一件で、束さんの愚妹たる箒ちゃんが亡国機業に加担している事が確定したからね。身内の恥を晒す前に、束さんの手で箒ちゃんを亡き者に……」
「物騒過ぎませんか!? せめて捕まえて事情を聞くとか」
「どうせ何でもかんでも人の所為にして、自分の能力を正確に把握してなかった事を敵に付け込まれて、良いように騙されてただけでしょ。そんなおバカさんを相手にするほど、束さんの心は広くないのだよ」
「ですが、一夏さんの判断を仰がずに処分してしまっては、後々しこりを残す可能性も」
クロエの心配事を聞き、束も少し考えてしまった。一夏にとって箒とは、ストーカー気質のある昔馴染みでしかない。だが更識企業にとっては、当主様を傷つけた一味なのだから、そっちで処分する可能性もある。束は少し考えてから、悩んでいた表情を一変させ部屋に向かった。
「箒ちゃんの事で頭を悩ませるのは、捕まえてからでいいや」
そう言ってクロエに片手を挙げ、再び研究室へと篭ってしまった束を、クロエはポカンと口を開けて見送った。血の繋がった相手が誰なのか分からないクロエにとって、血縁とはその程度のものなのかと思わせる瞬間だったのだ。
果たして反省したのだろうか……