鈴が一夏に話しかけるきっかけとなったのは、やはりモンド・グロッソで無双した実の姉だった。一夏としてはあの二人の事を姉と認識していないのだが、世間的にはやはり、一夏は最強の双璧の弟なのだ。
「アンタ、あの『織斑姉妹』の弟なの」
「そうみたいだね。記憶が無いから一緒に生活していた事すら覚えてないけどね」
「記憶が無い? 今も一緒に住んでるんじゃないの?」
「別々で生活してるんだよ。凰さんは知らないかもしれないけど、俺は昔誘拐されてね。その時の影響なのか記憶を失って、今は俺を助け出してくれた人たちと一緒に生活してる」
「……そう言えば昔、ISが原因で人生を狂わされた男ってニュースを見た気がするわ」
「それ、多分俺だね」
記憶を失った事をあまり気にしていない一夏だが、周りから見れば一夏は可哀想なのだろう。鈴も同情的な視線を一夏に向けていた。
「そんなに凰さんが気にする事じゃないよ。俺だって特に気にしてないんだから、周りが気にし過ぎるのはおかしいだろ」
「気にしていないって、不便だとは思わないの?」
「もう四年経ってるからな。今更不便だと思わないさ」
「でも、両親とかの記憶も無くなったんでしょ? 会いたいとか思わないの?」
鈴の発言は完全に地雷を踏んだものだった。一夏の家庭事情を知らない鈴としては当然の疑問だったのだが、周りの友人たちは揃って顔を顰めた。
「な、なによ……アタシおかしか事言った?」
「別におかしくは無いだろうね。当然の疑問だ……だが、その当然は俺には当てはまらないってだけだ」
「……どういう事よ」
「俺には両親がいない。物心つく前に捨てられたらしいから、記憶があったとしても知らないんだがな」
実にあっさりと告げる一夏に、今度は鈴が顔を顰める番だった。
「アンタ、随分とサッパリしてるのね」
「知らない人を相手に頭を悩ませるなんて、時間の無駄だからな。そもそも俺には織斑姉妹に関しての記憶もないんだ。あの人たちの弟だと言われても、俺には全然ピンと来ないんだ」
「そうなの? でも、身内が優勝したんだから、少しは嬉しいんじゃないの?」
「身内でいえば、織斑姉妹よりも小鳥遊碧さんの方が近しい存在だからな」
「どういう事よ」
再び首を傾げた鈴に、一夏は表情一つ変えずに伝えた。
「俺がお世話になっている家、更識家に仕えている人だからな、碧さんは」
「更識家って言えば、コアを独自開発してるんじゃないかって言われてるトコよね。アンタそこで生活してるなら何か知らない?」
「知ってても教えないだろ、そんな事は。だいたい凰はそんな事を気にしてどうするって言うんだ?」
「鈴で良いわよ。そうね、中国は篠ノ之束からそれ程コアを提供してもらえなかったのよ。だから独自開発が出来るなら、そのノウハウを教えてもらうかと思っただけ」
「随分と愛国心が強いんだな」
一夏の、皮肉とも取れる言葉に鈴は「織斑一夏」という存在の認識を変えた。記憶を失った可哀想な男の子ではなく、ちゃんと考えを持っている、大人より大人らしい男の子だと。
「別に愛国心はそれ程じゃないわよ。ISを貰えるなら、国籍なんて何処でも構わないんだからさ」
「自由国籍か? だが、そんな事言ってると両親が哀しむんじゃないか?」
「娘が代表になれば、文句が称賛に変わるわよ」
「違いない」
皮肉げに笑った鈴につられるように、一夏も皮肉げな笑みを見せた。この二人のやり取りを聞いていた友人たちは、少し距離を取って苦笑いを浮かべていたのだった。
あのやり取りから、一夏と鈴は互いに遠慮せずに付き合える相手だという認識になり、それにつられるように周りの友人たちも付き合い方を変えていた。一夏の記憶の事は触れずに、だが気にし過ぎないようになっていたのだ。
「ねえ一夏」
「なんだ」
「更識家の人が日本代表候補生になるかもって噂はホントなの?」
碧が引退を表明してから、個人戦の代表の席は空いたままだ。その後任を探す為に日本政府は躍起になっていると言っても過言では無かった。
「そうみたいだな。長女の刀奈さんが候補生の打診を受けているのは確かだ」
「更識には独自開発の訓練機があるって噂だものね。当然の人選よ」
「噂の範疇なのに、よく納得出来るな」
実際に更識家には、一夏が開発した第二世代の訓練機が結構な数在るのだが、その事は表の世界には調べようがない事なのだ。だがまことしやかにささやかれているように、刀奈に日本代表候補生として合宿に参加しないかと誘いが来ているのだ。
「候補生になれば、専用機が与えられるかもしれないのよね」
「日本にだって、ISのコアはそれほどないさ。織斑姉妹の専用機は無所属扱いだし、碧さんの木霊も更識所属で、日本のものではない」
「何だかズルイわよね。他の国はコアをやりくりしてるのに、日本だけは無所属のコアがあるなんてさ」
「それも含めて技術力の差だろ。コアを造る造らないは別にしても、それだけ他の国と差があるんだよ」
「技術力だけじゃなく、戦闘力でも勝てる気がしないわよ……」
「碧さんは引退したが?」
「織斑姉妹の方が厄介でしょ! あの二人はいたぶるように戦うんだから」
碧の戦い方は普通でが、千冬・千夏ペアの戦い方は、逃げまどう相手に嬉々として迫り、壁際に追い込んで絶望させる、という戦い方が多い。窮鼠猫を噛む、という諺も、この二人相手には当てはまらない事を証明し続けているのだ。
「アレはトラウマになると思うけどな」
二人の戦い方を思い出し、一夏は苦笑いを浮かべたのだった。
親友、悪友としてなら鈴が一番です。