暗部の一夏君   作:猫林13世

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雰囲気はあるけどな……


二人の誤解

 放課後、本来この場にいるべき人間の代わりに仕事をしていた美紀は、時計に目をやってため息を吐いた。それほど多くないと聞いていた仕事だったのだが、その量は決して「多くない」と言えないくらいの量だったのだ。その量を見て「多くない」と言える虚に、美紀は尊敬と少しばかりの恨みを覚えたのだった。

 

「虚さんは誰基準で多くないと言ったんだろう……一夏さん基準だったら私には当てはまらないんだけどな……」

 

 

 愚痴をこぼしながらも、任された仕事はしっかりとこなす美紀は、やはり真面目なのだろう。これが本音だったのなら、すぐにでも投げ出して生徒会室から逃げ出していた事だろう。

 

「お疲れ様です。美紀さんのお陰で後は私だけでも終わらせられそうです」

 

「いえ……授業に出なくて良かったのが幸いでした。これで授業にも出て作業しろとかだったら、私は逃げ出してたと思います」

 

「授業については、後日本音か他のクラスメイトの方に聞いてくれれば問題ないでしょうし、一夏さんが復帰すれば特別講義を開いてくれると思いますよ」

 

「一夏さんにこれ以上頼るのは、なんだか申し訳ない気がします」

 

 

 ただでさえ定期試験前には世話になってる美紀なので、一夏にこれ以上勉強面で迷惑をかけるのが忍びなく思えるのだった。だが一夏も授業に参加していないので、人に教える事で自分も理解を深める事が出来ると虚は考えているので、本音もまとめて参加させようと考えているのだった。

 

「お嬢様よりは美紀さんの方がしっかりと仕事をしてくれたので、私としてはこのまま生徒会に欲しいんですが、美紀さんも放課後は色々と大変ですものね」

 

「特訓や連携の確認などに当ててますからね」

 

 

 代表候補生として、美紀は日々特訓を欠かさない。ペアの候補生と言う事もあって、時間が合えば簪との連携訓練を本音やマドカに手伝ってもらっている。

 それに加えて今は、織斑姉妹の監視も任されているので、生徒会の仕事を手伝う余裕は、今の美紀には無いのだった。

 

「授業中の監視は、碧さんや五月七日先生が代わってくれますけど、先生たちも忙しいですからね」

 

「碧さんは、更識の人間として一夏さんの代理を務めたりもしてますからね。簪お嬢様も同様に、一夏さん、刀奈お嬢様の代わりに判断を仰がれる時がありますから」

 

「お父さんの代理だった一夏さんの代理の代理、って感じですからね、簪ちゃんは」

 

 

 順番的に、一夏の次に来るのが刀奈、その次が簪なのだ。だから尊の代わりを務めるのが、今は簪と言う事になっている。別に一夏が判断しても問題は無いのだが、一つ仕事を持ち込めば、そのまま雪崩のように一夏の許に仕事が流れていくことが目に見えているので、虚が簪に代理を頼んだのだった。

 

「それでは、私は織斑姉妹の監視に向かいます」

 

「大変だと思いますが、お願いします」

 

 

 生徒会室から移動し、美紀は織斑姉妹の監視の任務に就いた。昨日一日は大人しくしていたので、もう数日監視すれば問題は無いと判断できると美紀は思っているのだが、碧はまだその判断は早いと言っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外傷もすっかり治ったので、刀奈は早くベッドから抜け出したいと考えていた。今抜け出せば大変なのは理解しているのだが、それでもベッドに縛られているよりかはマシだと考えているのだ。

 

「一夏君、このまま退屈を持て余すのは間違ってると思うのよ」

 

「だからと言って、ここから抜け出すと怒られますよ」

 

「簪ちゃんから漫画とゲームを借りたけど、私には理解出来ない世界だったわ」

 

「趣味は人それぞれと言う事でしょう」

 

 

 闇鴉が簪から借りて持ってきた漫画は、いわゆるBLの要素が含まれるものが混じっており、一夏と刀奈はその世界観を理解する事が出来なかった。簪の方も、貸した漫画にその種類が混じっているなどと思ってないので、闇鴉が持って行った漫画を確認していなかったのだ。

 もし気づいたら、血相を変えて回収しに来たに違いないだろうと、一夏と刀奈はそんなことを考えながらその漫画を読んでいたのだった。

 

「もし簪ちゃんがリアルの世界にこんなことを求めてる子だったら、お姉ちゃんとしてちょっと……いえ、かなり複雑な気持ちなんだけど……」

 

「現実と漫画の世界は別物でしょう。簪だって、リアルにこんなことを求めてる子じゃないと思いますよ」

 

「でも……今の漫画ってこんなのが主流なのかしら?」

 

「主流ってわけではないと思いますけど、こういう趣味の女の子が多いと、悪友から聞いたことがあります」

 

 

 所謂腐女子というジャンルを、一夏は弾と数馬から聞かされていた。もちろん、簪が腐女子であろうがなかろうが、一夏の態度は変わらないので彼は偏見を持たずに刀奈の疑問に答えていた。

 

「こういう趣味の女子は、ちゃんと現実と区別してると聞いていますし、簪はあまり男子に耐性を持ってませんので、リアルでこんなことを考える事は無いと思いますよ」

 

「そうよね……簪ちゃんは一夏君の事が好きなんだから、男の子同士なんて求めてないわよね」

 

 

 断言したいのだが、今一つ自信が持てなかった刀奈だったが、一夏が好きという決定的な材料に気付き、簪がリアルにそんなことを求めていないという確証が持てたのだった。

 

「それにしても、漫画の中でもこんな事が起こるのね……」

 

「女性同士というのもあるらしいですから、漫画も奥が深いんでしょうね」

 

「そうなんだ。漫画もバカに出来ないのね」

 

 

 普段漫画を読まない二人としては、どの漫画にもそういった要素が含まれていると誤解したのだった。また、その誤解が解かれる事は、あまり期待できないのだった。




実際簪が腐女子なのかどうかは知りません……多分違うと思うけど

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