暗部の一夏君   作:猫林13世

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暇を持て余す二人…


就寝前

 保健室で安静にしている間、一夏は襲われた時の事を思い出していた。正確には、闇鴉から得た情報を頭の中で整理していたのだが、それが現実に起きた事なのだから、思い出していたと表現しても間違いではないだろう。

 

「一夏君、何考えてるの?」

 

「襲われた時の事を。あの時は幼児退行しなかったなと思いまして」

 

「それどころじゃなかったんでしょ。あれだけの殺気を浴びせられたら、幼児退行する前に意識を失っちゃうよ」

 

 

 実際、一夏は気を失い幼児退行しなかったのだが、失う前の記憶ははっきりしているのだ。普段なら幼児退行前の記憶もあやふやになるのに、今回は何故か何時ものようにはならなかった。そこに一夏は、弱点克服のヒントがあるのではないかと考えているのだ。

 

「それよりも、刀奈さんの方の傷は大丈夫なんですか?」

 

「打ち身と青痣だけだから大丈夫よ。それも、見えないところだから」

 

「不良みたいな殴り方ですね」

 

 

 人に気づかれにくい場所に攻撃し、痣が出来たとしても簡単にバレない箇所を狙っていたのを、一夏は自分の身でも体験している。腹や腿など、普段他人に見せる事のない箇所を狙われていたのだ。

 

「でも、一夏君は痛々しいわよね……腕とか顔とかにも蹴られた痕があるし」

 

「女性の顔を狙わなかっただけ、常識があるのかもしれませんね」

 

「そう言う事は考えてないでしょうよ。私は空中に捕まってたから、顔を狙えなかっただけじゃない?」

 

「オータムもISを持ってるんですから、殴ろうとすれば顔だって殴れましたよ。でも使わなかったのは、刀奈さんが死んでしまう可能性があったからだと思います」

 

「私が死んじゃうと、亡国機業にとって都合が悪いの?」

 

 

 一夏の考えが分からない刀奈は、首を傾げながら一夏に問いかける。その際に締め上げられていた肩に激痛が走ったが、それを一夏に覚られないように笑顔のままで一夏の方に顔を向ける。

 

「相当痛いんですね、その肩……」

 

「えっ、何のこと?」

 

「隠しても無駄ですよ。更識製のISは、全部俺に情報をくれるんですから」

 

「蛟ね! せっかく隠そうとしたのに」

 

 

 自分の専用機が一夏に情報を流していたと気づき、待機状態の蛟に苛立ちの声を浴びせた。だが蛟からの反応はなく、刀奈はため息を吐いて話を元に戻すことにした。

 

「それで、私が死んじゃうと、亡国機業にとって何がマズいのかしら?」

 

「刀奈さんにもしもの事があれば、日本政府も黙ってないでしょう。更識所属とはいえ、刀奈さんは現役の日本代表なのですから。もちろん更識も黙ってませんし、俺がいる事で織斑姉妹や篠ノ之博士も動くでしょう。そうなるとさすがの亡国機業も苦戦を強いられますので、まずはこちらの戦力を向こう側に――洗脳でもして亡国機業の味方にしたかったんだと思いますよ」

 

「……そんな恐ろしい事、よくすぐに考えつくわよね。さすが暗部組織の次期当主よね」

 

「『すぐに』ということは、時間があれば刀奈さんも思いついたって事ですよね」

 

「そうね……でも、一夏君ほど早くは思いつかなかったわよ」

 

 

 前当主の娘として、刀奈もかなり黒い事を考える事もある。だが自分で言っているように、一夏ほど黒い考えがスムーズに出来る訳ではない。そこは刀奈としても譲れないところであった。

 

「別に早さなんて気にする必要は無いと思うのですが……ようは思いつけばいいだけなんですし」

 

「そう割り切れないのが私なの。それより、こっちの戦力を削ぐって事は、箒ちゃんもその一環だったの?」

 

「さぁ。あいつの場合は、言葉巧みに騙されて、自分から降った可能性も否定できません」

 

「言葉巧みって、正当な評価がされないのは――ってやつ?」

 

 

 箒は在学中から孤立していたので、騙すのはそう難しくないと刀奈も分かっていた。そして彼女の言い分であるところの「正当な評価をされないのは、一夏が裏で操作しているからだ」という訳の分からない箒の持論も知っていた。そこを突けば、簡単に相手の言う事を聞きそうだと言う事も、付き合いの短い刀奈でも理解出来るほど、箒は自分の評価が低い事への不満を抱いていたのだった。

 

「箒ちゃんの評価が低かったのは、ISに当たり散らして嫌われたからでしょ? 一夏君が箒ちゃんに嫌がらせをして、何の得があるっていうのよ」

 

「ここで怒っても知りませんよ……そもそも、篠ノ之の言い分に正当性なんてなかったんですから、単なる思い込みに怒っても仕方ありません」

 

 

 実際、一夏はISに手を加えたなどという事実は無く、箒がISに嫌われたのは百パーセント自業自得なのだ。その事をちゃんと理解し、反省して態度を改めれば箒もそれなりに力を得られたと一夏は考えている。だがそれを嫌い、亡国機業に身を落としたのは、彼女の弱さに付け込まれた可能性も一夏はちゃんと考えていた。

 

「万が一心の隙を突かれたのなら、篠ノ之には社会復帰の場を与えるべきだと思いますけどね」

 

「サイレント・ゼフィルス強奪に関わってるって確証も出たんだし、まずは反省させるところからだと思うけど」

 

「もちろん反省は必要でしょう。どんな理由があれ、犯罪組織に身を置いたんですから、それなりの罰は必要でしょう。ですが、万が一自分の意思ではなかった場合、社会復帰のチャンスを与えないのは、こちらにも相当なバッシングがあるでしょうから」

 

「そこらへんは、大人が考える事で一夏君が考える事じゃないと思うけど」

 

 

 刀奈の言い分に、もっともだと納得した一夏は、それ以上言葉を発する事は無く、静かに目を瞑り、そして眠りに落ちて行ったのだった。




どっちも暗部の人間だけあって、考え方が普通とは違う

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