痛めつけられた一夏を見た刀奈は、次の瞬間にはオータムに殴りかかっていた。
「おっ、肉弾戦か? 望むところだぜ」
「許さない! 一夏君に酷い事をした貴女を、私は絶対に許さない!」
「こんなクソガキが良いのか? お前も大したこと無いんじゃないか?」
あえて煽るような言葉を浴びせ、オータムは刀奈を自分の間合いに呼び込む。冷静な判断が出来る状態なら引っ掛からなかったであろう罠が、そこには用意されていたからだ。
「このっ!」
「世界最強の称号を持っていようが、馬鹿なら意味がないな。こんな見え見えの罠にハマりやがった」
オータムはそこでISを展開し、仕掛けていた蜘蛛の糸を更に刀奈に巻き付けていく。
「餓鬼と一緒にお前も連れて行ってやるよ。精々亡国機業の繁栄の為に、人体実験でもされてくれや」
「離しなさい! こんなことして、ただじゃすまないわよ!」
「今のお前に何が出来るっていうんだよ。助けに来たつもりが、助けてもらう立場になってるお前がよ」
刀奈を精神的に追い詰めていくオータムの背後で、一夏は何もできずにいる。本心では刀奈を助けたいと思っているのだが、それ以上にオータムに対する恐怖心が勝ってしまっているのだ。
『一夏さん、私が助けを呼びます』
「(でも、間に合わないかもしれないし)」
『大丈夫ですよ。一夏さんのピンチだと分かれば、皆さん文字通り飛んできますから』
「(ISを無断で展開したら怒られちゃうよ?)」
『その怒る立場の織斑姉妹が監視を怠ったから、こういう状況になってるんですから。非常事態にはそんなルールを守ってる余裕なんてありません』
闇鴉が更識製のISにだけ届く信号を送ると、オータムは背後を振り返り一夏に獰猛な笑みを見せた。
「てめぇ、今何かしたな」
「ひっ! な、何もしてないです」
「誤魔化すんじゃねぇよ。オレはそういうのに敏感なんだ。それで、何をしやがった? 素直に言えば、痛めつける箇所を少し減らしてやるよ」
じりじりと間合いを詰めてくるオータムに、一夏は恐怖し後ずさる。しかしすぐにロッカーに行き当たり、逃げ場が無くなってしまう。
「さて、まずは何処の骨を折ってやろうか? 首や背骨は最後の方が面白いよな?」
「ひぅ!?」
冗談ではなく本気で骨を折るのだと理解した一夏は、恐怖のあまり意識を手放してしまった。
「あ? また気絶しやがった……しかし、気絶してようが関係ねぇか。まずは逃げられないように足の骨を――」
「一夏さんから離れなさい!」
「うおっ!」
背後から鋭い一閃がオータムに襲いかかり、寸でのところで回避行動を取った。その隙に一夏は簪によって回収されてしまっていた。
「お嬢様、あれほど抜け駆けは禁止と申し上げたはずです」
「ごめんなさい……」
「さてと、形勢逆転かしら?」
「テメェ……小鳥遊碧」
「悪いけど、刀奈ちゃんと同じだとは思わない事ね」
オータムと対峙した碧には、一部の隙も見当たらない。オータムはさすがに不利を感じ取り、戦う事は諦めていた。
「貴女、亡国機業の人間なんですってね。洗いざらい吐いてもらおうかしら?」
「誰が情報をやるかよ。悪いが、お前らなんて相手にしてる暇はねぇんだよ!」
そう言ってオータムは天井に攻撃を仕掛け、空いた穴から地上へ抜け出しIS学園からも姿を消したのだった。
「逃がしてよかったんですか?」
「殺したいほど憎いけど、今は一夏さんと刀奈ちゃんよ。虚さんと美紀ちゃんは、二人を保健室に。本音ちゃんとマドカちゃんは、織斑姉妹に報告、模擬戦の中止を申請して来て」
更識所属のISに送られた信号を解読出来たのは、古くから更識に所属している面々と、その信号を教えてもらっていたマドカだけだった。だがそれでも十分の戦力だったので、オータムを撃退する事に成功したのだった。
「やっぱり織斑姉妹に監視を任せたのが失敗だったわね。無理にでも私がすればよかった」
『貴女が見張っていたら、明らかに動かなかったでしょね。そうすると尻尾を出す可能性が無くなっていたから、一夏さんの作戦が使えなかったわよ』
「でも、一夏さんが酷い目に遭うくらいだったら、尻尾を掴めなかった方が何倍もマシよ」
『再びトラウマを抱えていなければいいのですが……』
「この数時間の記憶だけ、失っててほしいわよ」
しっかりと見たわけではないので、碧も一夏がどの程度痛めつけられたのかが分からない。だが確実に幼児退行は起こしていたし、気も失っていた事を考えれば、相当な暴行を加えられたのは分かっていた。
「あの女が亡国機業の人間だとすれば、あの女を招き入れたダリル・ケイシーも亡国機業の関係者だと疑って見るべきね」
『まったくの無関係、ということは無いでしょうね。しかし、訊問したところで白状するとは思えません』
「分かってるわよ、そんなこと。それよりも今は、ここの後始末をしなければいけないわね」
破壊したのはオータムだが、その本人は既にIS学園から姿を消している。片付けろと言ったところでやるはずもないし、そもそも言う事すら出来ないのだ。碧はため息を吐いて、瓦礫を端っこへ移動させる作業へと移ったのだった。
「(あの女の名前、刀奈ちゃんは聞いてるかしら)」
巻紙礼子ではない以上、碧は彼女をどう呼べばいいのか分からなかった。あの女、亡国機業の女と言えばいいのだが、名前が分かることに越したことはない。碧は刀奈が意識を取り戻したら聞いてみようと思いながら、そこにいない敵を睨みつけるように目を細めたのだった。
本当に激高すると、人は殴り掛かるんだなぁ……