暗部の一夏君   作:猫林13世

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嘘も時には役に立つ


刀奈の嘘

 控室にやって来た刀奈は、辺りを見回して一夏がいない事に気付き、首を傾げた。

 

「あれ? 一夏君は何処に行ったの?」

 

「一夏ならシャワーで汗を流してくるって、下のシャワー室に行ったよ」

 

「ここにもシャワーあるじゃない。何で下のシャワー室に?」

 

「あっ、多分私たちが使ってたからだと思います」

 

 

 シャワー室から出てきた静寐が、刀奈の疑問に答える。その後ろからはシャルとエイミィも髪の毛を拭きながら戻ってきた。

 

「なるほど。一夏君なら一緒に、なんて考え無いものね」

 

 

 うんうんと頷いて、刀奈は控室から出て行こうとして――

 

「お嬢様、どちらへ?」

 

 

――振り返った先で虚と鉢合わせした。

 

「う、虚ちゃん……ちょっと用を足しに」

 

「先ほどお嬢様がお手洗いから出てくるのをお見かけしましたが、随分と間隔が短いですね」

 

「お、お腹の調子が良くないのよ……」

 

「そうでしたか。では保健室に行って胃薬でももらってきましょう。良く利くと噂の、漢方薬が入ったと聞きましたので」

 

 

 虚の笑顔に、刀奈は冷や汗を掻く。漢方薬というからには苦いのだろうと思うのと同時に、自分の嘘が虚にバレているのが分かっているからだ。

 

「お嬢様の体調管理も私の仕事ですから、どうぞご遠慮なく」

 

「ご、ごめんなさい……一夏君のところに行こうとしてました」

 

「まったく……お嬢様、これ以上一夏さんに過干渉すると、嫌われてしまうかもしれませんよ?」

 

「一夏君に嫌われるっ!? そ、そんな……」

 

 

 その未来を幻視したのか、刀奈は膝から崩れ落ち、蹲り泣いてしまった。

 

「お、お嬢様……冗談ですので泣かないでください」

 

 

 自分の冗談が刀奈を泣かせてしまったと、虚は慌てて刀奈に駆け寄る。普段の冷静さは影を潜め、今の虚は完全に動揺していた。

 

「隙あり! ごめんね、虚ちゃん。どうも嫌な予感がするから一夏君のところに行ってくるね」

 

「お嬢様!」

 

 

 虚の横をすり抜けて、刀奈はダッシュで下のシャワー室へ向かった。騙された虚は、怒りと自分の眼力の無さに腹を立て体を震わせていた。

 

「お姉ちゃんらしい行動でしたね。一夏のところまで行けば、虚さんが追いかけられないってのも分かってての演技でしたもん」

 

「長年お嬢様を見てきながら、まさかあのような嘘に引っ掛かるとは……」

 

「おね~ちゃんも駄目だね~」

 

「本音、次は私たちの試合だ。いつまでもだらだらしてないで行くぞ」

 

「ほえっ!? ラウラウ引っ張らないで~」

 

 

 対戦相手ではあるが、何時までも控室でだらだらしているのが気に入らなかったラウラが、本音を控室からピットへ引き摺って行った。残された簪と美紀は、布仏姉妹を複雑な目で交互に見て、そして何もなかったかのようにモニターに映っている試合のハイライトを視るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラウマを抑えきれなくなってきた一夏は、逃げるように後退していく。下がったところで逃げ道など無いのだが、少しでもオータムから距離を取りたいと思っているのだろう。

 

「逃げてどうするんだ? そっちは行き止まりだぜ」

 

「あ、アンタから距離を取りたいだけだ。行き止まりなのは分かってる」

 

「おーおー、強がっちまって。どうせお前はオレにやられるんだから、大人しくしろってんだよ」

 

 

 一夏が下がる速度よりも、オータムが距離を詰める速度の方が早い。一歩ごとに足の震えが増していき、ついには動けなくなってしまった。

 

「おっ、追いかけっこは終わりか。随分と早かったじゃねぇか」

 

「ひっ!」

 

「あー? おめぇ、もしかして腰を抜かしたのか?」

 

 

 その場にへたり込んだ一夏を見て、オータムが馬鹿にした笑みを浮かべる。彼女は、一夏が自分にトラウマを抱えている事など知りもしないので、自分の殺気に耐えられなくなったのだと解釈したのだ。

 

「天下の更識様も、こんな腰抜けを次期当主に指名するとはな」

 

「く、来るな……」

 

「来るなって言われて行かねぇヤツはいねぇんじゃねえの? 待てって言われて待つヤツがいねぇみたいによ」

 

 

 獲物を追い詰める野獣のような、獰猛な笑みを浮かべながら、オータムがゆっくりと一夏に近づいていく。もはや動くこともままならない一夏は、震える身体を抱きしめながら蹲る。

 

「ったく、こんなやつを捕まえるのなんて、SHでも出来たんじゃねぇか?」

 

『やっほー、一夏君いる~?』

 

「あ?」

 

 

 出入り口から聞こえてきた声に、オータムは反応した。明らかに一夏に用がある感じの声だったが、オータムの存在に気付いている風ではなかった。

 

「あれ? これって一夏君の……」

 

「何だ小娘。ここは立ち入り禁止だぞ」

 

「貴女、どなた? ここに一夏君がいるはずなんだけど」

 

「そんなヤツいねぇな」

 

「ふーん……それじゃあ、貴女の背後で怯えてる子は、何処の誰かしら?」

 

 

 刀奈のカマ掛けに、オータムは慌てて振り返ってしまった。しっかりとロッカーに押し込めたはずなのに、あまりにも自信満々な刀奈の態度に、オータムはブラフだと見抜けなかったのだった。

 

「やっぱり一夏君はこの場所にいるのね。貴女、一夏君をどうするつもり!」

 

「ちっ、こざかしい真似を! テメェは血祭にあげてやるぜ!」

 

 

 オータムが激高したタイミングで、一夏が自力でロッカーから抜け出してきた。

 

「一夏君っ!?」

 

「に、逃げて……この人は、亡国機業……」

 

「黙ってろ、餓鬼が!」

 

 

 一夏が必死になって上げていた頭を踏みつけ、オータムが刀奈に攻め入る。

 

「知っちまったからには、生かしておけねぇぜ」

 

「貴女、一夏君にそんなことして、生きて帰れると思ってるの?」

 

 

 互いに相手の命を奪うことに躊躇いの無い空気が流れ、一夏はその空気に中てられ気絶したのだった。




気力だけで頑張ってる一夏君……

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