暗部の一夏君   作:猫林13世

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それが命取り……


ちょっとした油断

 模擬戦を終えた一夏は、着替えるために一人でアリーナの更衣室へと向かっていた。本気は出していないが、それなりに動いたので汗も掻いている。シャワーを浴びる為にも、女子と行動していると色々マズいので、今だけは護衛をつけていなかった。

 

「何かあれば私がお守りしますよ」

 

「お前だって動いてただろ? SEの補給や機体の熱を取ったりとしなければいけないんだ。待機状態でいろ」

 

「ですが、何があるか分からないんですから、護衛は必要ですよ」

 

「ここは関係者しか入ってこれないんだ。だからそれほど警戒する必要は無いだろ」

 

 

 気を抜いているわけではないが、アリーナの更衣室など、学園の人間ですら滅多に入らないのだ。そんなところに好き好んで忍び込んでくる輩などいないと思って当然だろう。

 さすがに闇鴉も一夏の言い分に納得したのか、人の姿から待機状態へと移行する。これで完全に一夏一人での行動となった。

 

「一人っていうのは久しぶりな気がするな。開発とか調整とかで篭ってる時ならともかく、こういった広いところで一人って、いつ以来だろう……」

 

 

 誰かしら護衛をつけていたり、友人や部下と行動を共にしていたので、一夏はプライベートでも一人で行動する事が少ない。部屋でも美紀と同室なのだから、そこでも一人になる事は限られてくるのだ。

 

「次はラウラ・マドカペア対本音・香澄さんペアか。データを採る為にも早めにシャワーで汗を流すとするか」

 

 

 専用機のデータは、既に十分すぎるほど採っているが、それでもまだ向上出来るのではないかと考えてしまうあたり、根っからの開発者なのだろう。限界を定めず、まだ出来ると思っている一夏は、常に所有者の意見と戦闘のデータを求めているのだった。

 試合まであまり時間がないと言う事もあり、一夏は急いでシャワーを浴びる事にした。服を脱ぎ、誰もいないと言う事で特に隠すこともせずにシャワーを浴びる。その行為中に、一夏は不意に気配を感じ取った。

 

「誰だ、こんなところに……静寐やエイミィ、シャルは別のシャワー室を使ってるはずだし、刀奈さんや虚さんはとっくに済ませてるだろうしな……」

 

 

 シャワーに用がありそうな人間は、ここには来ないはずだし、それ以外ならもっとありえないので、一夏は多少混乱した。こんな所まで入り込んでくる人間はいないだろうと思っているし、怪しい人間には見張りをつけているのだから、それもあり得ないと思っている。

 唯一の心配事と言えば、その怪しい人間につけた見張りが織斑姉妹だと言う事だ。あの二人は実力だけなら申し分ないのだが、仕事をサボる傾向があるのだ。今回もその悪癖が出たのかもしれないと、一夏はとりあえず気を引き締めた。

 

「……気配が消えた? 気のせいだったか」

 

 

 だが、いざ気を引き締めたところで、先ほどまで近づいていた気配が消えた。考え事をしている間に遠ざかったのだろうと考え、一夏は再び気を緩め着替えることにした。

 

「結構ギリギリになったな……」

 

 

 考え事をしていた所為なのか、一夏が想定していた時間よりも時が過ぎていた。全身をしっかりと拭き、一夏は着替えに袖を通したところで――

 

「っ!?」

 

 

――とてつもない殺気を浴びせられた。

 ゆっくりとその殺気の出どころを探りながら、一夏は待機状態の闇鴉のエネルギー残量を確認した。

 

「二十パーセントか……逃げ切れるか微妙だな」

 

 

 自然回復の能力を積んであるが、それでも逃げ切れるかどうかというエネルギー残量に、一夏はいざとなってもISは使わないでおこうと決心した。

 何食わぬ顔で着替えを済ませ、ごく自然に更衣室から出て行こうとしたところで、一夏は先ほどの殺気の持ち主に出くわしてしまったのだった。

 

「貴女は……」

 

「お疲れさまです、更識一夏様」

 

「こんなところまで営業ですか? 一応関係者以外立ち入り禁止なので、勝手に入ってこられては困るのですが」

 

「そうでしたか。先ほどの戦いを見て、ぜひとも更識様に我が社の製品をお使いになっていただきたいと思いまして、つい見逃してしまいました」

 

「そうでしたか……それで、貴女は何者なのですか――巻紙礼子さん」

 

 

 あくまでも渉外担当の顔を崩さない礼子に、一夏は最大級の警戒心を以って対応している。言葉遣いは丁寧なのだが、その身からは隠しきれないほどの殺気があふれ出ているのだ。

 

「実はですね、私は貴方に商品を提供するのと同時に、もう一つの任務があるのですよ」

 

「……それは?」

 

 

 最悪な事態だと、一夏は理解している。助けを呼ぶにも、携帯は持ってきていないし、闇鴉のエネルギーは不十分。加えて武器になりそうな物は無いし、出入り口は礼子に塞がれている。隙を突いたところで逃げ切れるとは思えない状況だ。

 それだけでも最悪なのだが、先ほどから礼子から溢れている殺気に、一夏は覚えがあったのだ。今はまだ堪えているが、それもいつまでもつか分からないのだ。

 

「更識企業の技術力を手に入れる事、ですかね」

 

「つまり、更識の人間を狙っていると?」

 

 

 一夏がそう答えると、礼子は被っていた仮面を取り外し、本性を現した。

 

「そうだと言いたいが、より正確にはお前だよ、更識一夏!」

 

「っ! ……それが貴女の本性ですか」

 

「改めて自己紹介と行こうか。亡国機業所属、オータム様だぜ、餓鬼が。昔みたいに少々痛めつけてから連れ去ってやるから、覚悟しな」

 

 

 オータムの殺気に、一夏は足の震えを抑えきれなくなってきている。これでは生身で逃げ出すのは不可能だろう。この状況に気付いて、誰かが助けに来ることも考えにくいので、一夏は持てる思考全てをフル回転し、どうにか状況を打破しようと考えていたのだった。




少しだけ成長して、気絶はしません

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