一夏は、自分が造った鶺鴒相手に大苦戦を強いられていた。元々戦闘用に造ったわけではない闇鴉と、完全に戦闘用に造った鶺鴒では、火力に大きな差がある。闇鴉は一撃一撃はSEを削る程度なのに対して、鶺鴒は一撃で致命傷になりかねないくらいのダメージを負うのだ。
『一夏さん、来ます!』
「(分かってる。火力で負けるなら、こちらはその特性を生かした戦い方をするしかない)」
闇鴉の特性、それは更識製の専用機の中でもトップのスピードと、周りと同化し姿を消す事にある。さすがに後者はこの大観衆の中で使うわけにはいかないが、速度を駆使した戦い方なら、見られても問題ではないのだ。
「(下手をすれば相打ちになるかもしれないが、壊れても後で治してやるから気にするな)」
『意識はありますが痛覚はありませんので。痛いという事は分かりますが、本当に痛みを感じるわけではないので、存分にぶつかっちゃってください』
「(いや、俺は痛みを感じるんだが……)」
上手くコントロールしなければ、自分が大ダメージを負う事を理解している一夏は、精神を集中して鶺鴒の攻撃を待った。
「戦闘中に目を瞑るなんて、一夏君らしくないわよ!」
静寐の言葉と共に飛んでくるレーザーを、一夏は紙一重で躱した。余裕をもって躱す事も出来たが、この方が相手に与える精神的ダメージが大きいのであえてギリギリまで引きつけたのだ。
「行くぞ、静寐!」
あくまで模擬戦なので、一夏は相手にこれから仕掛ける事を告げた。もちろんプライベート・チャネルなので、観衆には一夏の声は聞こえない。それ故に、静寐がいきなり動揺したのを見て、観衆は何が起こったのかとざわついた。
『静寐、前方より物凄いスピードで攻撃が来ます!』
「(前方!? だって何も見えな……っ!)」
まったくの勘だった。静寐が前方に刀を出すと、そこに強い衝撃が加えられた。衝撃を感じてから、静寐は自分の刀に相手の剣が当たっている事を視認した。
「さすがだな。まさか止められるとは」
「偶然よ、偶然。そもそも見えなかったんだから、偶然以外の何物でもないわよ」
「見えなかったのに止められたのか。俺もまだまだだな」
そう言葉を交わしたのは一瞬で、再び一夏の姿が静寐の視界から消えた。
『後方から来ます! 先ほどより早い!?』
「(まだ全力じゃないって事なのね。なら、こっちも持てる力全てを出して受け止める!)」
静寐は一夏に攻撃を当てる側ではなく、一夏の攻撃を凌ぐ側に回っている事に気づいていない。自分が有利に運んでいたはずなのに、いつの間にか不利な状況に陥ってしまった事に気づかないほど、今の静寐は一夏の攻撃を凌ぐ事だけを考えているのだった。
後衛二人が高度な戦いを繰り広げている前では、エイミィと何故か前衛になったシャルが戦っていた。
「分かってたけど、一夏の相手は僕じゃ務まらなかったね」
「機体の差があるから仕方ないんじゃない? シャルの専用機って第二世代だもん」
「第四世代でも、まだ荒っぽいエイミィ相手なら負けないよ」
「言ってくれるじゃない。こっちにはまだ隠してある武器がいっぱいあるんだから」
シャルが言ったように、ラファールカスタムでは、闇鴉の相手が務まらなかったのだ。遠距離攻撃を仕掛けても的確に防がれ、前衛で戦っていた静寐の邪魔をされる。これでは勝負にならないと判断した二人は、試合中に前衛と後衛を変更するという作戦に出たのだった。
「悪いけど、エイミィ相手なら僕も本気で行くよ!」
「私だって、一夏君の期待を背負ってるんだから、簡単には負けられない!」
軽く火花を散らして、エイミィとシャルが互いに衝突する――寸前で、一発の弾丸が二人の間を通過した。
「盛り上がってるところ悪いが、これでチェックだ」
「い、一夏……じゃあ静寐は」
「今さっき撃ち落とした」
火力の差を、スピードと戦術で覆した一夏が、シャルの背後に回り銃口を向ける。即席のペアとはいえ、エイミィは候補生で一夏は更識の人間。シャルは自分が勝てる未来が見えなかった。
「まぁ、無様に負けないようにしないとね!」
ラピットスイッチでマシンガンを取り出し、エイミィ目掛けて撃ちまくる。エイミィへの牽制を終えたシャルはすぐさま一夏目掛けて再びマシンガンを乱射した。
「弾幕か、悪くはないが薄すぎる」
「嘘でしょ!?」
「残念、背後ががら空きだよ」
「エイミィ!?」
弾幕を縫うようにすり抜ける一夏に驚いている隙に、背後にエイミィが迫っていた。シャルは何とか抵抗しようとしたが、時すでに遅し。スサノオの一撃と、闇鴉の一発を喰らい、そのまま袋叩きに遭う前に降参したのだった。
『試合終了。勝者、更識一夏、アメリア・カルラペア』
真耶のアナウンスが流れ、一夏とエイミィは空中でハイタッチを交わした。
「一夏君、強すぎるわよ」
「いきなり相手が変わったからな。加減が出来なかった」
「あはは……僕とやってた時は加減してたんだ」
「一応はな。手の内を晒すわけにもいかないだろ」
「まぁね。特に一夏は、狙われてるかもしれないんだもんね」
立場上自分も狙われているかもしれないのだが、シャルは完全に他人事のように言った。その危機管理の薄さに不安を感じながらも、一夏はシャルの言葉に苦笑いを浮かべたのだった。
更識製の専用機相手に、さすがのシャルでもきつかったので……