暗部の一夏君   作:猫林13世

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忘れられないように出さないと……


客席での一幕

 ピットから出てきた一夏たちに、客席は大熱狂の様相を呈した。ただでさえこの前の試合が刀奈VS虚で盛り上がっていたところに、一夏という更なる燃料が投下されれば、この熱狂も当然だと言えよう。

 そんな中、蘭は一人熱心に試合を見学していたのだが、いつの間にか背後に人が来ているのに気が付き振り返ったのだ。

 

「あの……?」

 

「あぁ、決して怪しいものじゃありませんよ。私は、IS学園二年、新聞部の黛薫子っていうの。さっきまで戦ってたかっちゃん――更識刀奈ちゃんのルームメイトよ」

 

「はぁ……」

 

「あー、その顔は疑ってるわねー。後で更識君に証明してもらっても構わないけど」

 

「更識君って……一夏さんのお知り合いなのですか?」

 

 

 胡散臭い人だと思っていた蘭だったが、一夏の知り合いということで警戒心を解いた。それでもまだ、完全に心を開くことはしていない。

 

「やっぱり! 貴女は更識君の知り合いだったわね! 実は更識君の学園以外の顔を知りたくて、彼が招待した子を探してたんだけど、漸く見つけられたわ」

 

「一夏さんの学外の顔って言われましても……私は一夏さんの学内の顔を知りませんので」

 

 

 蘭にとって、薫子が言う「学外の顔」がいつもの一夏であり、特筆すべき事は特にないのだ。

 

「それじゃあ、貴女と更識君の関係は? 恋人? それとも、中学の後輩で、憧れの先輩に近づきたいとか?」

 

「一夏さんはお兄の――兄の友人なんです。もっとも、全然釣り合わないので、悪友って表現を使ってますけどね」

 

「ほほぅ、更識君のお友達の妹さんでしたか。でも、それじゃあ何で更識君はそのお友達ではなく、妹の貴女を招待したのですか?」

 

「私がお願いしたんです。IS学園を志望しているので、見学に行けないかって」

 

「ほうほう、貴女はIS学園志望なんですね。将来有望かもしれない後輩ちゃん、名前を教えてもらってもいいかな?」

 

 

 薫子の言葉遣いに、蘭は顔を引き攣らせて若干距離を取る。物理的な距離ではなく、精神的の距離だ。

 

「ノリが悪いわねぇ……まぁ、慣れてないって事で許してあげる。それで、お名前は?」

 

「えっと、五反田蘭です」

 

「ふむふむ、五反田蘭ちゃんね。それで、IS学園志望って事は、簡易適性検査を受けたのよね? 判定は?」

 

「Aでした」

 

「おお! ますます将来有望ね。目標は? 日本代表? それとも自由国籍を使って別の国の代表かしら?」

 

「出来れば、日本代表を目指したいです」

 

「そうよねぇ。自分の育った国の代表を目指したいわよね。でも、今の代表はかっちゃんだし、かっちゃんが引退するころには、蘭ちゃんも」

 

 

 年齢で引退を決める訳ではないが、刀奈が代表落ちするような事は考えにくい。実力もさることながら、バックアップが更識企業なのだから、技術面で劣るのはまずありえないのだ。

 

「ええ。ですから、目指しはしますけど、現実的な目標ではなさそうですよね」

 

「そうなると、やっぱり自由国籍?」

 

「IS学園を卒業すれば、IS関連の企業から引く手あまたでしょうし、現実的に就職を目指します」

 

「おおぅ、急に現実に戻ってきた……」

 

 

 蘭の超現実的な将来設計に、薫子の反応は少しつまらなそうだった。それでも、ここで終わらないのが薫子の良いところで――虚や一夏に言わせれば悪いところだが――更に深いところまで切り込んだのだった。

 

「それじゃあ、就職したい企業とか決まってるの?」

 

「理想は更識企業ですが、倍率を考えると厳しいでしょうね。その系列でも良いので、世界最高峰の企業に携われればとは思ってます」

 

「なるほどねぇ……更識君と知り合いなら、コネを使うとか考えないの?」

 

「お兄があれほど世話になってるので、私まで一夏さんに世話になるのは……」

 

「そのお兄さんと更識君の関係って、本当に悪友って事で良いのよね?」

 

 

 薫子の質問に蘭が答えようとすると、背後から先に答えられた。

 

「あの阿呆と一夏は、教師と生徒って感じもするけどね」

 

「鈴さん? クラスの出し物で忙しいって一夏さんが言ってましたが……まさか、サボりですか?」

 

「違うわよ。みんなこっちが気になるみたいで、ウチのクラスは開店休業中よ」

 

「おや? 中国代表候補生の凰鈴音ちゃんじゃない。蘭ちゃんは凰さんともお知り合いだったの?」

 

「あたしもこいつの兄貴の悪友ですから。てか、あたしが一夏にあの阿呆を紹介したのよ」

 

 

 鈴が薫子を引き受けてくれたので――と蘭は勝手に解釈した――蘭はアリーナで行われている試合に意識を戻した。四分の三が更識が開発した専用機ということもあって、会場は先ほどの試合以上の盛り上がりを見せている。加えて、珍しく一夏が戦っているので、IS学園に在籍中の女子たちも異様な熱気を醸し出している。

 

「あら、珍しいわね。一夏がちゃんと戦ってるなんて」

 

「一夏さんって、普段はちゃんと戦わないんですか?」

 

 

 まるで不真面目だと言っている鈴に、蘭は食って掛かろうとした。だが鈴が蘭の誤解に気付き、正確な表現で言い直した。

 

「一夏は争い事を好まないから、普段は遠距離から攻撃するか、姿を消して不意打ちで終わらせるかが多いのよ。でも今日はさすがにそれは出来なかったんでしょうね」

 

「……何故ですか?」

 

「見世物だからよ。今の一夏は、お客さんを楽しませる義務があるのよ。だから不意打ちや遠距離から地道にSEを削るような戦法は採らなかったのよ、きっと」

 

 

 鈴の説明で納得した蘭は、改めて一夏の戦い方を見た。的確に援護射撃を繰り出し、相手後衛に牽制の銃撃をしている。そして隙を突いて近距離武器で叩き、前衛が相手と距離を作る時間を稼いでいる。

 

「一夏さんって、前衛はやらないんですか?」

 

「あの機体は前衛向きじゃないからね。出来なくはないけど、エイミィの方が完全に前衛向きだから」

 

 

 時折鈴に解説を求めながら、蘭は熱心に一夏たちの試合を見学する。そんな蘭の表情を、薫子がこっそりと写真に撮っていたのだった。




この人もスクープの匂いを嗅ぎ付けられる人種なのだろうか……

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